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コラム#ふくいの記憶に出会う Fukui Prefectural Archives

授業で使う文書館資料-新学習指導要領を見据えた活用例-

福井県文書館では「学校向けアーカイブズガイド」を作成し、教材として活用できる福井の地域資料の情報や画像をWebで公開しています。本コラムでは、アーカイブズガイドの紹介とともに、新学習指導要領を見据えた今後の文書館の役割について考えていきます。

目 次

  1. 変わる学習指導要領と文書館の役割
  2. 学校向けアーカイブズガイド
  3. 授業での活用例
  4. おわりに-学校の先生方へ-

1 変わる学習指導要領と文書館の役割

1-1.新学習指導要領における資料活用能力の重視

 2018年に高等学校の次期学習指導要領(以下、新指導要領)が告示されました(2022年度入学生から年次進行で実施)。新指導要領で新たに設けられた科目「歴史総合」および「世界史探究」「日本史探究」では、いずれも「諸資料を活用」し、課題を追究したり解決したりする活動を通して、知識および技能、思考力、判断力、表現力を身に付けることが示されています(1)
 例えば必修科目の「歴史総合」では、大項目A「歴史の扉」に「歴史の特質と資料」という中項目が設けられています。また選択科目の「日本史探究」では、原始・古代、中世、近世、近現代それぞれの大項目に、「歴史資料と近世の展望」のような形で中項目が設けられており、資料を読み解いて仮説を表現することを求めています。

A 歴史の扉
(2)歴史の特質と資料
日本や世界の様々な地域の人々の歴史的な営みの痕跡や記録である遺物、文書、図像などの資料を活用し、課題を追究したり解決したりする活動を通して、次の事項を身に付けることができるよう指導する。
ア 次のような知識を身に付けること。
(ア)資料に基づいて歴史が叙述されていることを理解すること。
イ 次のような思考力、判断力、表現力等を身に付けること。
(ア) 複数の資料の関係や異同に着目して、資料から読み取った情報の意味や意義、特色などを考察し、表現すること。

「歴史総合」における「歴史の扉」(新指導要領より作成)

 さらに新指導要領に先立って、2021年から実施される大学入試共通テスト(2)においても、2017・18年に行われた試行調査では、文献・図版・統計など諸資料の活用を求める出題が大幅に増加しました。このことからも、歴史教育における資料活用能力の重要性が高まっていることがうかがえます。

1-2.資料保存利用機関との連携

 『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 地理歴史編』(以下、「解説」)には、博物館や図書館、公文書館等いわゆる資料保存利用機関との連携について、以下のように記述されています(3)

 博物館、図書館、公文書館や資料館等の果たす役割やそこに展示・保存されている資料、地域の遺跡、景観や無形文化財などが、これまでどのように受け継がれてきたかなどの視点に着目し、「歴史資料や遺構の保存・保全などの努力が図られていることに気付く」ことなどを通して、文化財保護への関心を高め、地域の文化遺産を尊重する態度を養うことも重要である。

 このように、資料保存利用機関と学校教育との連携を通して、資料の保存・保全などの努力が図られていることを子どもたちに気づかせ、地域の文化遺産を尊重する態度を養うことが強調されています。
 県内の様々な資料を保存する福井県文書館としても、この点は特に重視しているところです。これまでも、出前講座(4)や郷土新聞づくりのサポート(5)など様々な形で学校教育との連携を推進してきました。とはいえ、中高生が実際に文書館を訪れることは少なく、出前講座なども年間を通してそれほど多く実施しているわけではありません。では、子どもたちに地域資料に親しんでもらうために、他にはどのような支援があるでしょうか。

1‐3.デジタル化された資料の活用

 前掲の「解説」には、「資料の取扱い」について、以下のように記述されています(6)

 博物館、図書館、公文書館などでは、その収蔵品をはじめ、文化資源をデジタル化して保存を行うとともに、公開や利用を積極的に行う取組が進んでいる。これらの「デジタル化された資料」は、インターネットを利用することで、利用の可能性を拡大している。多様な歴史資料にアクセスすることで、一層の具体性をもった学習が可能となる。また資料の目録情報に加え、様々な歴史情報のデータベースが整備されてきており、それらの情報を活用し、指導計画上に適切に位置付けることが考えられる。

 上記の通り、近年全国の公文書館等ではデジタルアーカイブが充実してきており、多くの所蔵資料をインターネット上に公開するようになりました。福井県文書館・福井県立図書館等が運営する「デジタルアーカイブ福井」でも、古文書・古典籍・歴史的公文書・写真等の画像データをインターネットで公開しています(2020年3月末時点で約41万7,000画像)。
 では、学校教育の現場で実際に「使える」資料とは、どのようなものなのでしょうか。文部科学省初等中等教育局教育課程課の藤野敦氏は次のように指摘しています(7)

 学校教育現場で扱う学習上の「資料」とは広い意味を持つ。例えば、歴史的な資料そのものが持つ価値や意味、資料や文化財の保存・保全・保護等の努力、それらへの興味や関心を高めることを狙いとする学習を設定した場合には、一次資料を直接活用することが効果的である。一方で、通常の授業の展開の中では、生徒が歴史に関わる事象について考察したり、考察したことを表現したりする際の「よりどころ」として活用される。
 従って、生徒が自身で活用できる(読むことができる、理解できる)資料であることが求められる。中等教育の歴史学習における「資料の活用」は、古文の読解力の育成や、大学における古文書解読法の習得とは狙いが異なるため、教員は目の前の生徒の状況を踏まえ、多くの場合、それらを授業で活用できるように「加工」すること、すなわち、教材化することが求められる。

 藤野氏は、学校教育現場で使える資料とは、生徒が自身で活用しやすい資料であること、そのために教員が生徒の状況を踏まえ事前に資料を「加工」する(教材化する)必要性を指摘しています。しかし、「膨大なデジタルアーカイブの中から授業で使えそうな資料を探し出し、それを加工し、さらに文書館に申請したうえで使用する」といった一連の作業は、多忙化を極める学校の先生方にとっては大きな負担となってしまいます。
 そこで福井県文書館は、少しでも教材づくりの負担を軽減できるよう、Webサイト上で「学校で使える資料」というページを設け、教育現場向けに提供可能な資料の情報発信を行っています(8)。例えば、「地券」や「すごろく」など貸出し可能な資料の大型複製シートや、過去の文書館展示で使用した写真展示パネルをリストアップし紹介しています。 さらに2017年度からは、文書館所蔵資料の中から、学校の授業で使えそうなものを解説シートとしてまとめた「学校向けアーカイブズガイド」を公開しました(9)。次章で詳しく紹介していきます。


2 学校向けアーカイブズガイド

図1 学校向けアーカイブズガイド「五榜の掲示」

図1 学校向けアーカイブズガイド「五榜の掲示」

 学校向けアーカイブズガイド(以下、アーカイブズガイド)は、現場の先生方が授業を進めるうえで、生徒の理解の助けになるような地域資料の紹介を目的として作成しました。文書館所蔵資料を中心として、福井に関する地域資料の中で授業に活用しやすいものをピックアップし、画像と解説文を1枚のシート(PDFファイル)にしました。2020年7月末時点で、近現代の資料を中心に40件公開しています(アーカイブズガイドの一覧はこちら)。シート上では、資料の一部分のみの紹介となっていますが、「デジタルアーカイブ福井」のリンクが埋め込まれていますので(図1参照)、そちらで資料の全体像を確認することができるようになっています(10)
 利用する場合に当館への申請は必要ありません。編集・改変も自由で、ダウンロードしたPDFファイルの画像をコピーして、授業プリントやパワーポイントのスライドに貼り付けることも可能です(11)
 ここで、地域資料を授業で扱う利点について述べておきます。地域資料は、子どもたちに歴史を身近なものとして感じてもらうだけでなく、教科書で語れないエピソードを補足できるという利点があります。
  例示した「五榜の掲示」(12)は、今立郡池田町西角間で庄屋などを務めた飯田忠光家に残されており、実際にその地域で掲げられていました。明治新政府の方針が、福井にも広く波及していたことがうかがえます。さらに面白いのは末尾に発行元が「敦賀県」と記されているところです。当時(明治元年、1868年)は廃藩置県以前のため、敦賀県はまだ成立していないはずなのに、いったいどういうことなのでしょうか。「敦賀県」の部分をよく見ると、表面に削られた跡があります。当時はその地域を管轄する行政庁が変わると、発行元を削って書き換え、繰り返し使用していたようです。
  このように、「五榜の掲示」のような教科書に掲載されているおなじみの資料であっても、その資料と地域(福井)の関わりを知ることで、子どもたちは歴史をぐっと身近に、そして具体的なものとしてとらえることができるのではないでしょうか。 筆者が教育現場で勤務していた頃は、このアーカイブズガイドの存在を知りながらも、恥ずかしながらほとんど授業で活用していませんでした。しかし、文書館に勤務するようになり、改めてアーカイブズガイドをじっくり見てみると、「文書館にはこんなに使える資料があったのか!」と驚きの連続です。同時に、「学校の先生方に広く知ってもらい、ぜひ授業で使ってもらいたい!」「子どもたちに福井の資料をもっと身近に感じてもらいたい!」という気持ちが沸き上がってきました。次章では、アーカイブズガイドの授業での活用例を紹介していきます。

3 授業での活用例

 それでは、授業ではどのようにアーカイブズガイドを活用できるのか、具体例を挙げて紹介していきます。とはいっても、筆者が実際に授業で使用したわけではありません。あくまで、「このように使えるのではないか」という提案です。対象とする教育段階は高校の日本史を想定していますが、資料によっては中学校や小学校への応用も可能ですし、「総合的な探究の時間」や学級活動などでも使用できると思います。

3‐1.資料から引き出す-導入場面で-

 筆者は授業をする際、導入場面でいかに生徒の興味・関心を引き出すかを意識していました。例えば、その日の授業に関連する写真や絵図などの資料を最初にスクリーンで示し、「これ、なんだと思う?」などと生徒に問いかけていました。というわけで、まずは導入場面で使える写真や地図資料を紹介していきます。

図2「東郷小学校落成式写真」 義江市郎右衛門家文書

図2「東郷小学校落成式写真」 義江市郎右衛門家文書

 図2は1902年(明治35)4月の東郷小学校の落成式の写真で、教育勅語を奉読している場面です(13)。授業では、近代の教育を扱う際の導入場面で提示し、「何をしていると思う?」「なぜ日の丸が掲げられているの?」「なぜ多くの人が頭を下げているの?」など、資料を通じて様々な問いかけができます。教育勅語が地域(福井)の学校教育にも浸透していることがよくうかがえる資料だと思います。

図3「だるまや歌劇団舞台写真」 高田富文書

図3「だるまや歌劇団舞台写真」 高田富文書

 次の図3は何の写真でしょうか?若い女性たちが歌っているようですね。後ろには巨大なだるまが見えます。この写真は福井で活躍した歌劇団「だるま屋少女歌劇」の写真です(14)。1928年(昭和3)7月、福井駅前に県内初の百貨店・だるま屋(現西武福井店)が開店しました。だるま屋少女歌劇は、別館「コドモの国」がオープンした際に県内の少女たちを採用・養成して発足した歌劇部です。県内出身の少女たち約30名が在籍し、1931年(昭和6)11月から36年7月まで、月ごとにプログラムをかえながら、公演を行っていました(15)
 授業では、大正~昭和初期の市民生活を扱う際の導入として使用します。だるまのインパクトも大きいですし、当時の女性たちの活躍も示すことができる格好の素材だと思います。教科書に掲載されている「東京銀座通りを歩く女性」や「大阪梅田のターミナルデパート」などの写真でもよいのですが、より身近な「福井のデパート」を事例とすることで、当時の人々の消費生活がさらにイメージしやすくなるのではないでしょうか。

図4「日露戦争早見地図」 橋本伝右衛門家文書

図4「日露戦争早見地図」 橋本伝右衛門家文書

 続いて図4の地図資料です。この地図は「日露戦争早見地図」といい、日露戦争当時の1904年(明治37)に発行されたものです(16)。実際に使われていた地図を用いることで、日露戦争をよりリアルな出来事として感じさせることができるでしょう。この地図の特徴は全国各地の師団や連隊の所在地が描かれている点です。福井県では、鯖江と敦賀に確認できます。特に鯖江歩兵第三十六連隊は日露戦争の中で最も熾烈な戦闘といわれる旅順包囲戦・奉天会戦に参加したことで多くの死傷者を出しています(日露戦争における福井県兵士の戦没者比率の大きさは全国4位)。  
 以上、3点の写真・地図資料を紹介してきましたが、これらの資料はいずれもインパクトがあり、かつその時代を象徴するものであるため、生徒の関心・意欲を引き出し、思考させるきっかけが多く盛り込まれています。まさに導入場面で用いるのに最適の資料ではないでしょうか。もちろん、ワークシートを作成してじっくり考えさせてもいいと思いますし、学習後の補足資料として用いることもできます。いずれにしても使い勝手の良い資料です。

3-2.資料を読み取る-地券を用いた授業-

 「解説」には、資料の活用について次のように記述されています(17)

 資料の活用に当たっては、資料の有効性や基本的な特性を踏まえて学習のねらいを明確にするとともに、それぞれがもつ特性を生かした学習を展開することが求められる。また、諸資料から歴史に関わる事象を読み取る学習を繰り返すことを通じて、「歴史総合」でも学習した「歴史が資料を基に叙述されていることに気付く」ことが、より実感できるよう、指導を工夫することが大切である。

 生徒たちは、普段教科書を中心に学習していますが、「教科書が何を基に書かれているのか」、意外と見落としがちです。ここでは「地券」を用いて、生徒に「資料を基に教科書の記述がつくられている」ことを実感させる授業案を紹介します。
 地券は、数ある地域資料の中でも最もポピュラーな存在といってよいでしょう。教科書や資料集にも写真が掲載されていますが、せっかくなら福井の地券を授業で使ってみてはいかがでしょうか。もちろん、実物をお持ちの方はそれを使うことを推奨しますが、お持ちでない方はぜひ文書館の“デジタル地券”を活用してみてください。

図5「地券(田)」 桜井市兵衛家文書 ※上は表面、下は裏面
図5「地券(田)」 桜井市兵衛家文書 ※上は表面、下は裏面

図5「地券(田)」 桜井市兵衛家文書 ※上は表面、下は裏面

 図5は遠敷郡世久見村(現若狭町)の桜井市兵衛家に残されていた地券で、1873年(明治6)の地租改正条例以前に発行された壬申地券と区別して、改正地券とよばれます(18)。ただ、学校の授業で扱う際には、単に「地券」としておけばよいでしょう。
 「デジタルアーカイブ福井」には数多くの地券が登録されていますが、あえてこの桜井市兵衛家の地券をアーカイブズガイドに選んだ理由は、「裏面部分」の紹介もしたかったからです。地券の表面は教科書や資料集に掲載されていますが、裏面まで掲載されているものはほとんどありません。しかし、この裏面を読み取れば、「土地の所有権」が国家によって明確に保障されていることがわかります。さらに「山野栄蔵」から「桜井兼吉」へと「所有権の移転」が行われていることも読み取れます。地券裏面の記述は、国家が国民個人に「権利」として土地所有権を認めた証なのです(19)。言い換えれば、近世以前のような「封建的領有制」が、地券公布によって解体されたことを意味します(20)。それでは以下、授業案の紹介です。

  1. 単元名 明治維新と富国強兵「地租改正」
  2. 目標
    • (1)資料を読み取って考察し、表現する
    • (2)歴史が資料に基づいて叙述されていることに気付く
  3. 準備物 地券(両面印刷)人数分、ホワイトボード(グループ分)、ふせん

 地券の画像はアーカイブズガイドにリンクされている「デジタルアーカイブ福井」からダウンロード、印刷できます。A4かB5サイズ横向きで印刷するとよいでしょう。1単位時間(50分)の授業の流れは以下の通りです。

学習活動 教師の支援
導入(5分) ・江戸時代の税制(年貢)の復習
・本時の目標を把握する
・年貢収入の問題点を確認
・本時の目標1のみ示す
展開1(25分) ・地券(表・裏ともに)を読み取り、気づいたことや疑問点をふせんに記入する
・グループで確認後、ホワイトボードにまとめる
・クラス全体で共有する
・必要に応じて(調べ方を)助言する
・ホワイトボードを撮影し記録
・疑問点に対して解説する
展開2(15分) ・教科書の「地租改正」の掲載ページを読み、地券から読み取った内容が記述されている部分を指摘する
・グループで確認後、ホワイトボードにまとめる
・必要に応じて助言する
・ホワイトボードを撮影し記録
・本時の目標2を示す
まとめ(5分) ・本時の振り返り
・自己評価
・余裕があれば、大学で学ぶ歴史学についてもふれる

 授業展開について補足していきます。導入場面ではまず江戸時代の税制を復習し、地租改正導入の背景を理解させます。「本時の目標」については、ここでは目標1のみ示し、あえて目標2は伝えません。
 地券を配付し、展開1「地券の読解」に挑戦させます。このとき、生徒の実態に合わせて、あらかじめ翻刻文を配付してもよいと思います。ただ、筆者がもし授業をする立場であれば、資料の「原文」にたくさん触れてほしいため、ここでは翻刻文を配付しません。その代わり、「わからない地名や語句はスマホやタブレットで調べてみよう」と指示します。個人的な考えですが、高校生が授業等で活用する場合はスマホやタブレットの使用を認めてもよいのではないかと思います。もちろん、使用する場合のルールの徹底や、学校のWi-Fi環境の整備など課題はありますが(21)
 展開1では、「どんなことでもいいから、気付いたことをたくさんふせんに書いてみよう」と働きかけ、生徒から多くの「気づき」を引き出します。ホワイトボードに整理する際は、資料から読み取れた「内容」と「疑問点」に分類します。挙がってくる疑問点としては「なぜ発行元が滋賀県なのか?」「なぜ明治10年に地租が軽減されているのか?」などが予想されますが、できればクラス全体で共有するとよいでしょう。また、場合によっては教師から質問を投げかけることもできます。地券裏面についての読み取りが進んでいなかったときは、「持ち主は山野栄蔵となっているのに、地券が桜井家に伝わっていたのはなぜか?」などと問いかけてみてはいかがでしょうか。裏面に記載されている「土地所有権の移転」に気づくヒントになるかもしれません。
 続いて展開2で教科書を開きます。これまで地券から読み取った内容が、教科書のどこに記述されているかを指摘させます。該当箇所はそれほど多くはありませんが、自分たちが資料から読み取った情報と、教科書の記述を照らし合わせることで、「歴史が資料に基づいて叙述されていること」を実感してもらいます。
 最後に、本時の目標2を伝え、自己評価をさせて終了です。余裕があれば、ここで大学の「歴史学研究」について触れてもよいと思います。神戸大学大学院人文学研究科長の奥村弘氏は以下のように述べています(22)

 一つ一つの歴史資料のもつ意味を丹念に追い、さらにそれを歴史的に関連づけていく知的な作業のうえに、歴史学研究は成り立っている。歴史のなかで生きてきた人びとを具体的にイメージしながら、私たちと私たちの社会を深く、広くとらえていく。歴史学研究の醍醐味はそこにある。

 このことはまさに新指導要領の理念に通じるものがあると思います。今回紹介したような、資料にじっくりと向き合う授業は、学習進度との兼ね合いもあり毎回実施できるわけではありませんが、たまに取り入れてみてはいかがでしょうか。その際は、ぜひ地券を、アーカイブズガイドをご利用ください!

3-3.複数の資料を組み合わせる-戦時統制下の国民生活-

 「解説」では、資料の取り扱いについて次のように記述されています(23)

 ある歴史的な事象に関する複数の資料を比較検討して異同を確認することなどの活動は、歴史の多様な解釈の叙述について理解することができ、生徒に疑問を生じさせることに有効であると考えられる。その際、例えば、絵図と文書のように異なる種類の資料を用いることで、より深い読み取りを促すことができる。

 1つの資料から読み取れる情報には限りがあります。しかし、複数の資料を組み合わせることによって、それまで見えてこなかった様々な事実や背景が浮かび上がり、思考をより深めることができます。ここでは、教科書や資料集に掲載されている資料とアーカイブズガイドを組み合わせることで、考察を深めていく授業案を紹介します。

  1. 人数 36名クラスを想定(6名×6グループに分ける)
  2. 単元名 第二次世界大戦「戦時統制と生活」
  3. 目標 複数の資料を読み取り、それらを組み合わせて考察する
  4. 問い 「日中戦争勃発後、なぜ政府は巨額な軍事予算を編成できたのだろうか」
  5. 準備物 資料6点(プリント1~2枚にまとめてもよい)
    • 資料A 「国家総動員法」の条文(24)
    • 資料B 当時の国民生活を示す写真など数点(25)
    • 資料C 「報国貯金通帳」
    • 資料D 「割増金附戦時貯蓄債券」
    • 資料E 「衣料切符(乙)」
    • 資料F 「物資購入手帳(昭和19年)」
図6(資料C)「報告貯金通帳」滝本嘉博家文書

図6(資料C)「報告貯金通帳」滝本嘉博家文書

図7(資料D)「割増金附戦時貯蓄債券」 吉川充雄家文書

図7(資料D)「割増金附戦時貯蓄債券」 吉川充雄家文書

図8(資料E) 「衣料切符(乙)」 橋本伝右衛門家文書 ※左は表面、右は裏面(拡大)

図8(資料E) 「衣料切符(乙)」 橋本伝右衛門家文書 ※左は表面、右は裏面(拡大)

図9(資料F) 「物資購入手帳(昭和19年)」 橋本伝右衛門家文書

図9(資料F) 「物資購入手帳(昭和19年)」 橋本伝右衛門家文書

 資料C~Fがアーカイブズガイドから作成したものです。資料Cは滝本嘉博家に残されていた戦時中の貯金通帳(26)です。現代と比べるとかなり高い利回りとなっていることがわかります。資料Dは吉川充雄家に残されていた戦時中の国債(27)です。こちらも売出しの金額に対して償還時の金額が非常に高く設定されています。資料Eと資料Fは橋本伝右衛門家に残されていた戦時中の衣料切符(28)と物資購入手帳(29)です。衣料切符には切り取られた跡があり、実際に使用されていたことがうかがえます。これら資料C~Fのように、当時福井で暮らしていた人々の所持品を資料として扱うことで、戦時体制下の生活をよりリアルに感じさせることができます。授業の流れは以下の通りです。

学習活動 教師の支援
導入(8分) ・本時の目標と問いを把握する
・資料を用いずに、問いに答える
・グループ内で資料A~Fの担当を決める
展開1(7分) ・同じ資料を担当する者どうしが集まってA~Fのグループをつくり、それぞれの資料を読み取る ・必要に応じて助言する
展開2(20分) ・最初のグループに戻り、A~Fの資料について読み取った内容を共有する ・わかりやすく簡潔に説明し、他者の話をよく聴くよう促す
展開3(10分) ・A~Fの資料をふまえて、もう一度最初の問いに答える ・資料をふまえて書けているか確認する
まとめ(5分) ・本時の振り返り
・自己評価
・資料を組み合わせると理解が深まることに気付かせる

 いわゆる「ジグソー法」を用いた授業展開となっています(30)。導入場面ではまず、教科書や資料集に掲載されている「軍事費の増大と国家予算の膨張」(31)のグラフを見せ、日中戦争が勃発した1937年以降、軍事費が増大していることに気づかせます。ここで、本時の問い「日中戦争勃発後、なぜ政府は巨額な軍事予算を編成できたのだろうか」を提示します。資料A~Fはまだここでは配付せず、生徒に自分の知識だけで考えるように指示し、解答を記述させます。資料配付後、6人組のグループになってもらい、資料A~Fの担当を決めます。
 展開1では、同じ資料を担当する者どうしが集まり、A~Fの新たなグループをつくります。それぞれの資料に書かれた内容や意味を話し合い、グループで理解を深めていきます。
 展開2では、最初のグループにもどり、資料A~Fについて読み取った内容を報告し合います。自分の担当した資料について他のメンバーは学習していませんので、できるだけわかりやすく説明することが求められます。同様に他のメンバーが担当した資料については、自分はここで初めて知るわけですから、説明をしっかりと聴いて理解することが重要です。
 展開3では、6つの資料から読み取った内容を基に、改めて問いに対する答えを作ります。授業冒頭に自分の知識だけで書いた解答と、6つの資料をふまえてつくり上げた解答を比較させ、思考の深まりを実感させます。
 今回はジグソー法を用いた案を紹介しましたが、もちろんジグソー法を用いずに1人ですべての資料を読み取らせることも可能です。そちらのほうが読み取りの難易度としては高いでしょう。いずれにしても複数の資料を読み取って、思考を深めることができれば授業のねらいは達成できます。今回示した資料の組み合わせは、あくまで1つの例にすぎません。アーカイブズガイドと既存の資料をどのように組み合わせるか、ぜひ様々なパターンを試していただきたいなと思います。

おわりに-学校の先生方へ-

 以上、アーカイブズガイドの活用例を挙げてきましたが、前述のように実際の授業実践ではなく、あくまで「このように活用できないか」という提案にすぎないことをご了承ください。
 筆者は文書館職員として、地域の資料を教材として利用したいという先生方を少しでもお手伝いできればと考えています。今後特に力を入れていきたいことは2つあります。
 1つ目は、「近世のアーカイブズガイドの件数(現在9件)をさらに増やすこと」です。文書館は、検地帳や寺請証文、一揆関係の文書など近世の資料を多数所蔵しています。これらの中から授業で使える資料をピックアップし、公開につなげていきたいと思います。
 2つ目は、「現場の先生方の声をもっと聴くこと」です。アーカイブズガイドの件数がいくら増えても、それが教育現場からの要望に沿う形でなければ意味がありません。そこで、学校の先生方にお願いがあります。アーカイブズガイドを実際に授業で使っていただいた感想や、地域資料に関する要望などをぜひお寄せください。
  先日、ある先生から「デジタルアーカイブ福井で公開している給帳(32)を、享保の改革で足高の制を説明する際に活用してみたい」という話をいただきました。文書館の地域資料に注目していただき、大変うれしく感じましたし、資料の教材化を進めていくうえで大変参考になりました。このように、多くの先生方のご意見を反映して、アーカイブズガイドのさらなる充実に努めていきたいと考えています。
  最後に、「解説」の「諸資料の活用と関係諸機関との連携」についての記述を引用します(33)

 公文書館は国及び地方公共団体が保管する歴史資料として重要な公文書や古文書などの記録を保存し、閲覧や展示など広く国民・住民に提供する施設である。また、図書館などを活用して、地域の歴史に関わる書籍や資料の閲覧・調査や、レファレンス機能の利用など、歴史の学習を抽象的な概念の操作で終わらせずに一層の具体性をもって実体化していくことや、学校の授業のみで終わらせずに空間的には教室の外へ、時間的には卒業後まで継続させ、将来にわたって学び続ける機会や方法についての認識や姿勢を育み、生涯学習へと発展させていくことが大切である。

 将来にわたって学び続ける子どもたちの育成のため、福井県文書館は「資料」を通じた教育現場への支援を、今後とも続けていきたいと思います。

田川 雄一 (2020年(令和2)7月24日作成)

注・参考文献

(1)文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)』、2018年、p57
(2)共通テスト試行調査問題は、大学入試センターのホームページで取得可能です。[参照2020-7-10]
(3)文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 地理歴史編』、2018年、p199
(4)2020年6月10日に、福井県立藤島高等学校において「総合的な探究の時間」の出前講座として、当館職員による「郷土資料の集め方・調べ方講座」が実施されました。
(5)郷土新聞は、福井県中学校教育研究会社会科部会ならびに福井新聞社との連携事業で、例年7月に当館職員による中学生対象の「郷土新聞ポイント講座」を開催しています(2020年度は中止)。
(6)前掲(3)「解説」、p206
(7)藤野 敦「新学習指導要領における公文書館等との連携について」『国立公文書館アーカイブズ』第72号[参照2020-7-13]
(8)福井県文書館ホームページ「学校で使える資料」。「地券」や「すごろく」など複製シートの貸し出しもできます。複製シート一覧はこちら
(9)福井県文書館ホームページ「学校向けアーカイブズガイド」。アーカイブズガイド作成の経緯については、中村 賢「文書館資料などを活用した指導教材作成について-学校向けアーカイブズガイドの作成を中心に-」『福井県文書館紀要』第14号を参照してください。
(10)デジタルアーカイブの活用方法(閲覧・ダウンロード・印刷)については、福井県文書館チャンネルを参照してください。
(11)福井県文書館ホームページ「 学校向けアーカイブズガイド 利用についてのお願い
(12)学校向けアーカイブズガイド「Ⅳ-9-2-1 五榜の掲示
(13)学校向けアーカイブズガイド「Ⅳ-9-6-3 教科書(明治34年)東郷小学校新築落成式
(14)学校向けアーカイブズガイド「Ⅳ-10-3-1 だるま屋少女歌劇部
(15)福井県文書館ホームページ「 つなごう。ふくいの記憶-だるま屋少女歌劇の思い出-
(16)学校向けアーカイブズガイド「Ⅳ-9-4-3 日露戦争早見地図、日露作戦地一覧図
(17)前掲(3)「解説」、p199
(18)学校向けアーカイブズガイド「Ⅳ-9-2-4 改正地券」「壬申地券」については、「Ⅳ-9-2-4 壬申地券と地籍図」で解説しています。
(19)奥村弘「地域の史料から日本の近代をみる-地券の歴史学」、佐藤昇編・神戸大学文学部史学講座著『歴史の見方・考え方‐大学で学ぶ「考える歴史」』山川出版社、2018年、p163
(20)神山知徳「地租改正をどう学ぶか」、千葉県高等学校教育研究会歴史部会編『新版 新しい日本史の授業』、山川出版社、2019年、p120~121
(21)福井県教育委員会は、県内すべての県立学校の全生徒に対し、タブレット端末を今年度中に貸与することを決定しました(2020年6月12日、福井新聞)。
(22)前掲(19)、p170
(23)前掲(3)「解説」、p206
(24)『詳説日本史 改訂版』、山川出版社、2019、p355
(25)例えば、『新詳日本史』、浜島書店、2018、p298に掲載されている「ぜいたくはできない筈だ!」と書かれた看板や、「パーマネント通行禁止」を示す看板の写真などを使用します。
(26)学校向けアーカイブズガイド「Ⅳ-10-6-3 戦時中の貯金通帳、公債
(27)同上
(28)学校向けアーカイブズガイド「Ⅳ-10-6-3 衣料切符、物資購入手帳
(29)同上
(30)東京大学 CoREF「知識構成型ジグソー法」[参照2020-7-16]
(31)『詳説日本史 改訂版』、山川出版社、2019、p354
(32)給帳とは、一般に「分限帳」とよばれるもので、現代でいえば「職員録」にあたります。家格順・禄高順に福井藩士の姓名が列記されています。詳細は、福井県文書館ホームページ「福井藩士を調べる 」をご覧ください。
(33)前掲(3)「解説」、p266 

【参考文献】

  • ・前川修一・梨子田喬・皆川雅樹編 『歴史教育「再」入門 歴史総合・日本史探究・世界史探究への挑戦』、清水書院、2019年
  • ・原田智仁編『「歴史総合」の授業を創る』、明治図書、2019年
  • ・埼玉県高等学校社会科教育研究会歴史部会編『日本史授業で使いたい教材資料』、清水書院、2012年
  • ・『福井県史 通史編5 近現代一』、1994年
  • ・『福井県史 通史編6 近現代二』、1996年 『図説福井県史』、1998年
  • ・『福井県史 通史編』と『図説福井県史』は「デジタル歴史情報」から閲覧可能です。