越前奇談怪談集(17)孫右衛門が嬶

マット・マイヤー氏のイラストと現代語訳

画像:孫右衛門が嬶
 古狼、人間の女となり、子孫に毛が生えたこと
 越前国大野郡菖蒲池村(大野市)の辺りに、ある時、狼が群れて出たため、日が暮れてからの人の通りが絶えた。
 ある僧が、菖蒲池村の孫右衛門の家を目指して行くうち、思いのほか早い時間に狼が出てきたため、それ以上先に進めなくなってしまった。そこで高くて大きな木に登って一夜を明かそうとした。すると、狼どもは木の下に集まって、顔を高く持ち上げ、木の上を見つめるうち、一匹が「菖蒲池の孫右衛門の嬶(かか)を呼ぶとよい」と言った。それを聞いたほかの狼は「それはもっともなことだ」と言ってどこかへ行った。
 しばらくすると大きな狼がやって来て、よくよく木の上を見上げ、「我を肩車にして上げよ」と言った。「よしきた」と、狼たちは我も我もと股に首を差し入れ、次第にその大きな狼を持ち上げていった。
 すでに側近くまで来たので、僧は身も縮こまり、心も消え入るあまり、小刀を抜いて、一番上の狼の真ん中を突いた。すると同時にくずれ落ちて、狼たちはみなどこかに行ってしまった。
 夜がようやく明けて、僧が孫右衛門の家に行くと、同家では妻が昨夜死んだといって騒いでいる。死骸を見ると、それは大きな狼であった。この家では子や孫に至るまで、背筋には狼の毛がびっしり生えていたとのことだ。(以下略)

資料原本と翻刻文

原本画像を見る➤「新著聞集 奇怪篇第十」(国立公文書館内閣文庫蔵)24-25コマ

画像:孫右衛門が嬶
  古狼、婦となりて子孫毛を被る
越前の国大野郡菖蒲池のほとりに、ある時、狼群出て、日くれてハ人のかよひ絶侍りし、ある僧、菖蒲池の孫右衛門が方を心ざして行に、おもひの外に狼はやく出て、行事かなひがたかりしかば、高く大き成木に上りて、一夜をあかさんとしけるに、狼共、木の下にあつまりて、面うちあげて守り居けるが、一ツの狼かいはく、菖蒲池の孫右衛門がかゝをよひなん、此儀尤なりとて行し、程なく大なる狼来りて、つく〳〵と見あげ、我を肩車に上よといへば、コソあれと、我もワれもと股に首をさし入レ、次第に上ケける、既に僧の側ちかく成しかは、身も縮り、心も消入ル余りに、さすが小刀を抜、狼の正中をつきければ、同時にくずれ落て、ミな〳〵帰りにけり、夜も漸く明て、かの僧、孫右衛門が許にゆくに、妻、昨夜死けるとて騒ぎあへる、死骸をミれば、大なる狼にてそ有ける、その狼か子孫に至るまで、背筋に狼の毛ひしと生てありしとなり、又、土佐岡崎か浜の鍛冶がかゝとて、是に露たがハさる事あり