目次へ  前ページへ  次ページへ


第五章 中世後期の経済と都市
   第三節 城下町の形成
     四 城下町の人々のくらし
      贈答と酒宴
写真264 折蓋(一乗谷朝倉氏遺跡出土)

写真264 折蓋(一乗谷朝倉氏遺跡出土)

図67 付札木簡(一乗谷朝倉氏遺跡出土)

図67 付札木簡
(一乗谷朝倉氏遺跡出土)

 武士たちのくらしに欠かせないのが、種々の贈答と宴会である(『日本教会史』第二〇・二一・二五〜三一章)。朝倉館の堀から「和田九郎兵衛尉殿まいる」と墨書された三角形の折の蓋が出土している(写真264)。「まいる」は脇付で中世の独特の書体で記されている。折とは今でも使われるように食物を入れる容器で、蓋をして折何合と数えた。朝倉氏の家臣和田九郎兵衛尉のもとに折に入れられた贈答品が届けられ、それがさらに義景のもとに運ばれたのであろう。また上城戸の堀からは「たくみ殿まいる 宇左」と記された木簡が出土しており、その側面には六か所に刻みがあり、なにかを糸でくくり付けていたようである(図67)。同様の木簡で文字のないものが朝倉館の堀から出土しているので、おそらくこうした二枚の木簡で手紙などを挟んだものと思われる。漆塗りの文箱以外に、白木でそのときだけ使い、表に充名を書くものがあったといわれるので、これに類したものであろうか(『日本教会史』第二一章五節)。上城戸の外に屋敷を構えていた詫美氏のもとに、「宇左」という人物(朝倉氏の譜代の重臣宇野氏などに比定される)から手紙かなにかが届けられたのである。
 丹生郡居倉浦の刀を務めた武士山本丹後入道は、朝倉氏景に「納子物桶」一つを進上している(資5 山本重信家文書六号)。納子物とは現在の塩辛のようなもので、そのほか海鼠腸や背腸などの塩辛類も「桶」に入れられて献上された。ここでいう「桶」とは、手にとれる大きさの蓋付きの小さな曲物をさす(写真262)。「このわたハ桶を取あげてはしにてくふべし」とされるように(「奉公覚悟之事」)、容器にも食器にもなる便利なものだった。
 肴がそろうと酒が出されて宴会となる。文明十三年(一四八一)十一月十一日、朝倉氏景は館で代替りの儀を行ない、そのあとに一四人の近臣を招いて食事の席を設けた(資3 諏訪公一家文書一号)。献立の中心は汁である。「日本人は汁がないと食事ができない」とまでいわれる(『日欧文化比較』第六章)。この日の大汁は鱈、小汁は白鳥だった。それに小鯛の和えまぜと青なますが添えられ、別に冷汁がつき、銘々に海鼠腸桶が配られた。
写真265 銅製提子(福井市東新町出土)

写真265 銅製提子(福井市東新町出土)

 盃事といえば、さまざまな人間関係を再確認する場でもある酒宴をさすように、「盃」は重要だった。こうした儀式的な宴会には素焼きの皿状の土器(かわらけ)が使われ、これは白木の折敷に載せられた。また、朝倉館から菊花形の立派な飾栓が出土している。この飾栓は太鼓樽などに付けられていたものと思われ、上級武士の華やかな酒宴の様子を思い起こさせる。また上城戸の外の東新町では、立派な銅製の提子が採集されている(写真265)。提子は銚子とセットで使われる注器で、樽・提子・銚子・盃という順に酒が注がれていき、その酌や飲み方にも細かい作法があった。
 朝倉館で行なわれた酒宴のなかで最も著名なものは、永禄十一年五月の足利義昭の「御成り」のさいの酒宴である。朝倉義景は義昭を次期将軍としてもてなす大宴会を催した。五月十七日の午の刻、足利義昭は朝倉館を訪問し、まず前述のように主殿で式三献という献盃の儀が行なわれた。そして義景は当時の慣習にのっとって白太刀と馬・弓・矢・鎧を進上した。そののち義昭らは常御殿へ座を移し、盛大な宴会が始まった。盃が重ねられ、進物が献上された。進上物の種類は太刀・馬・唐物の香合・盆など故実に従ったものだったが、一三献目には金銀一〇〇両を盆にすえて進上し、一五献目には三尺余の沈香の榾を二人で持って進上したという。三献ののち朝倉景鏡以下の同名衆たちが義昭に太刀・馬を進上して礼を述べ、四献ののちには能が始められた。一〇献目が済むと義昭は別室で休息し、その間に義昭の臣である御供衆・御部屋衆・御走衆・詰衆らに食事が振舞われた。一一献と一三献のあとには義昭の臣に対して、一人一人が盃を主人から戴いて飲んでは引き下がるという飲み方である「御通り」がなされ、一五献ののちには朝倉氏の同名衆にも「御通り」がなされ、最後の一七献のあとには前波景当・魚住景固以下の朝倉氏の年寄衆が義昭に太刀・馬を進上して礼を述べた。また宴たけなわとなったころ舞となり、義景も所望されたという。そして義景は義昭の盃を受け、最後に仁木義将の「御通り」がすぎて「御銚子アガリ」となり、すべての酒宴が終了した(「越州軍記」、「朝倉義景亭御成記」)。



目次へ  前ページへ  次ページへ