6 豪雪・国体(2)
                第23回国民体育大会秋季大会開会式
                ▲第23回国民体育大会秋季大会開会式
                1968年(昭和43)10月1日、福井運動公園陸上競技場では、約3万5000人の観客がつめかける
                なか、選手団の入場行進が行われた。この日、午前5時ごろまで降り続いた雨のためグランドは
                水びたしとなったが、係員総出の新聞紙を使った除水作業が行われ話題となった。
                                                           福井運動公園事務所提供

 一方、1968年(昭和43)、夏季・秋季あわせて全国約2万人の選手団を迎えて第23回国民体育大会が福井県下17市町村65会場で開催されました。

 このころになると、国体の過剰な華美さや、開催県の得点獲得策に対する批判の声が高まり、前年の埼玉大会で天皇杯得点順位をようやく24位に上げた福井県にとって、好成績を望むのはかなり困難に思われる状況でした。しかし、福井県選手団は期待を大きく上回る活躍をみせ、天皇杯総合優勝、皇后杯第4位の好成績を残しました。また、1万人をこえる他県の選手団に民泊利用をさせるなど、「親切国体」を標榜して県民の力の結集により大会を成功裏に終わらせたことは、県民に強い自信を植えつける結果となりました。

 この国体開催は、県・市町村の関連予算約35億円、道路など関連事業を加えると50億円を上回るとまでいわれ、財政へのしわ寄せが懸念された事業でした。しかし、県内の各自治体は、国体開催を理由に起債の許可や中央からの財政支援をとりつけて公共事業に取り組み、主要幹線道路や電話網の整備、近代的な体育館・総合運動場などの建設が進みました。1964年(昭和39)の東京オリンピックが大規模な公共事業をもたらし、わが国の経済成長にはずみをつけたのと同じ役割を福井国体は福井県にもたらしたのです。
   バスケットボール高校女子準決勝(対埼玉)
   ▲バスケットボール高校女子準決勝(対埼玉県)
   高志高校は、決勝戦でも愛知県を破り優勝を果
   たした。        福井運動公園事務所提供
  
 民泊先でくつろぐ選手たち 
 ▲民泊先でくつろぐ選手たち                     福井運動公園事務所提供

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