4 労働運動の展開(1)
 1945年(昭和20)12月の労働組合法における労働3権(団結権・団体交渉権・争議権)の保障により、わが国でもようやく労働者の集団的実力を背景とした労働条件の決定方式が承認されることになりました。

 これにもとづき福井県でも労働組合の結成が奨励され、国鉄・電力などの官公庁や規模の大きな民間企業を中心に組織化が進みました。インフレの進行を背景に、労働者の生活防衛を要求する闘争が盛り上がりますが、48年夏以降、総司令部の反共政策の強化と経営権の確立をめざした政府・経営者側の攻勢により、急進的な労働運動が抑え込まれていきます。

 労働運動のローカルセンターに目を向けると、福井県労働組合協議会(県労協)が47年4月に結成され、県下労組の約8割、200組合を傘下としました。しかし、上記のような動きのなかで有力組合の離脱が相次ぎ、有名無実となり、51年1月には、県下組合員数約4万人のうち7割が加入する12労組で構成される福井県労働組合評議会(県労評)が誕生しました。51年の講和問題を契機として日本労働組合総評議会(総評)が反政府路線に転じると、全繊同盟県支部は総評色の強い県労評の活動を批判し、ついに56年9月にこれを脱退し、翌57年12月、29単組約1万2000人を擁する福井県地方労働組合会議(全労県支部)を結成しました。
 福井鉄道争議(1957〜58年)
 ▲福井鉄道争議(1957年)
 福井鉄道労組は、3つの組合に分裂するなかで1957年(昭和32)年末一時金闘争で満
 額獲得をめざし全線ストを実施した。会社や就労しようとするほかの組合員との間で衝
 突がおこり、会社側は警官隊を導入して線路上で座込みを行う組合員を実力排除し
 た。のちに組合幹部の逮捕へと事態は展開した。  福井県平和環境人権センター提供

 警職法改正反対闘争(1958年)
 ▲警職法改正反対闘争(1958年)
 県労評は、占領改革の見直しや再軍備の動き、産業合理化などに対抗し、破壊活動
 防止法制定反対運動へ、警察官職務執行法(警職法)改正反対運動や原水爆禁止運
 動などを通じて県下の労働者の結集をはかった。写真は、警職法改正反対を訴えて
 福井駅構内でデモを行う国労組合員。              福井市 嵐山繁樹氏提供

   福井勤労者音楽協議会の第1回例会プログラム
  労働運動は、職場や地域のサークル活動を中心に、県
  民の文化水準の向上の担い手としての役割も果たし
  た。1956年(昭和31)11月には福井市に勤労者音楽協
  議会(労音)が誕生し、以後敦賀市・武生市・大野市に
  も結成され、うたごえ運動を推進した。写真は、辻久子
  バイオリン独奏会のプログラム。
                福井市 ゆきのした文化協会蔵
福井勤労者音楽協議会の第1回例会プログラム

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