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 第五章 大正期の産業・経済
   第三節 銀行合同と商業の発展
    二 商業の発展と再編
      個人消費拡大の遅れ
 国内市場拡大を最奥で支えるものは労働者・農民の個人消費の動向である。第一次世界大戦好況期のそれは労働者・農民の賃金・所得の上昇が遅れたため個人消費拡大も九年以降になった。そのときには輸入品の急増によりわが国の貿易収支が大幅赤字になっていたことを注目しておきたい。表222は、福井県の労働者の実質賃金の推移をみたものである。全体として賃金水準は大戦中はむしろ停滞気味であり、大正八〜十年からいっきょに上昇している。六年十二月十六日の『大阪朝日新聞』は、「歳末の民情 福井警察の調査」と題する記事のなかで、「月給生活を為し居るものが物価騰貴のため困難の状態……小作人は米高なるも余暇には日稼に雇はれ」と伝えている。六年から急増する賃金引上げ争議や七年夏の米騒動は、民衆の生活困難のゆえであり、その結果実質賃金は八年以降に押し上げられて個人消費を拡大していった。したがって、狭義での大戦期のブームは、多くの「成金」を生み出したが、その繁栄にあずかりえたのはいわば資本家階級どまりだったのである。大幅黒字の一因をなした絹織物の輸出増も、一時は労働者の生活水準低下をともなう一種の飢餓輸出的側面すら有していたといわねばならない。

表222 実質賃金の動向(大正1〜3年平均=100)

表222 実質賃金の動向(大正1〜3年平均=100)



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