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 第三章 明治期の産業・経済
   第一節 農林水産業の発展
    三 農事改良
      農家経営の隘路
 福井県において、地主制がほぼ成立する段階の明治二十一年(一八八八)の『農事調査表』からみても、耕地構成のうえで、水田率が高く、また農産物の価額構成からも、米の比率が高い。
 ところで、全国平均の一戸あたりの耕地面積が九反八畝余、耕地利用率が一三二・五パーセント、耕作面積一町三反五畝余であるとき、福井県はそれぞれ七反四畝余、一二一・九パーセント、九反三畝余といずれも低位にある。しかし、水田率は七七・〇パーセントと、全国水準(五七・七パーセント)を大きく上回り、水稲耕作に著しく依存している。この点、福井県の農家経営面積の零細性とあいまって、水稲耕作には、農民諸階層が大いに苦慮したものとみられる。
 二十一年の「農事調査」により、抽出調査によるとみられる自小作農の農家経営の収支状況に照明をあてることにする(資10 二―四四)。表109のとおり、収入の根幹となる玄米は、越前で二石、若狭で一石八斗五升で、表110の反あたり収量調の平均値(一石五斗)をはるかに上回る。そのため、この自小作農所有の水田は、当時としては、かなり高い生産性を示している。一方支出面の小作料は、表109にみるとおり、越前・若狭ともに県平均(一石)なみであるが、それにもかかわらず、越前で収支差引き二円四九銭九厘、若狭で二円六二銭二厘の損失となる。したがって、反当収量が県内平均値ないしそれ以下では、さらに一層の赤字を出す可能性が高い。そのうえ「土地かかり公費」つまり地租・地方税・町村費などの公租・公課(表109の注)の支出を加算すると、越前・若狭ともに、さらに赤字幅が大きくなるといえよう。

表109 越前・若狭の自小作農水稲反当収支(明治21年)

表109 越前・若狭の自小作農水稲反当収支(明治21年)


表110 郡市別米作1反あたり収量・小作料(明治21年)

表110 郡市別米作1反あたり収量・小作料(明治21年)
 ところが収入面で、越前で裏作の小麦(六斗余)、若狭で菜種(六斗余)を加算し、さらに、支出のなかの労賃で、越前の三五人分(四円二四銭一厘)、若狭の三五・五人分(三円九九銭五厘)を最大限切り詰めるなど、現実には家族労働(自家労働)の「自己搾取」に極力依存することにより、かろうじて赤字補てんをなし、農家経営の収支やりくりをしているとみなければならない。
 また、当時の水稲一反あたりの所要労働量であるが、表109にみるとおり、「収納」が断然トップで、越前(九人)で総労働量の二六パーセント、若狭(一〇・五人)で三〇パーセントと総労働量の約三割を占める。ついで越前・若狭ともに、整地耕鋤、除草・間打の順となり、そのつぎに越前では潅漑が、若狭では施肥がくる。また、「挿苗」労働は、越前・若狭ともに二人(六パーセント)である。このような労働量の比率は、農機具の未発達や、正条植ではなく乱雑植であったことなどを反映しているといえるであろう。
 つぎに、明治三十六年の遠敷郡内外海村堅海(小浜市)の自小作農Nの農家経営について、表111により、水稲反当収支状況をみることにする(資11 二―一四)。これは、県が郡役所、村役場を通じて行った農会および農事調査報告の控である。調査内容は、「一 町村農会ニ於ケル経費及賦課徴収方法其他役員委員等ノ姓名」、「三 農家ノ副業調」など七項目にわたるが、そのなかに「六 稲田壱反歩ノ生産費及収穫高」があり、内外海村では、堅海の自小作農Nの農家経営事例を報告した。七項目にわたる詳細な調査報告にもかかわらず、短期間での調査提出をもとめており、調査の正確さには若干の留保が必要である(明治三五〜三九年「勧業ニ関スル書類」内外海村役場)。

表111 内外海村堅海自小作農Nの水稲反当収支(明治36年)

表111 内外海村堅海自小作農Nの水稲反当収支(明治36年)
 自作分の表作だけでは、収支差引きで〇・六四円のごくわずかの益金を出すが、それに裏作の麦作を加えると、収支差引き一一円一五銭のかなりの益金が確保される。ところが小作分については、表作だけでは、収支差引き六円八銭の損金となる。その際支出面では、小作料(一五・一三円)が、全体(三〇・九四円)の四九パーセントと約五割を占め、さらに人夫賃(八・九五円)が、全体の二九パーセントと約三割にのぼる。そのため現実には、自家労働にできるだけ依存し、労賃(人夫賃)の分を極力無償化することにより、ようやく経営の採算をとらざるをえなかったとみてよい。そこで、裏作を加えると、表作と同額の小作料が課せられても、四円四三銭の益金が出る。その際、表作・裏作を合わせた労賃(一〇・九八円)は、全体の三二パーセントを占めるので、これまた労賃を切り詰めるため、自家労働に力点をおかざるをえなかったのが実情とみられる。
 ようするに、水稲耕作のうえで、自作・自小作・小作農家とも、程度の差こそあれ、表作だけでは農家経営がきわめて困難で、裏作を加えることにより、ようやく経営の採算がとれるわけで、この点、裏作の重要性をはっきりみてとることができる。それとともに、農業技術の改良による生産力増強が最大の課題となる。



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