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 第六章 幕末の動向
   第二節 若越諸藩の活動
    二 安政改革と大野屋
      広がる大野屋
 安政二年の大坂に続いて翌三年、箱館弁天町と西方領丹生郡織田村に設置されたあと、六年には大野に大坂屋が開かれた。大坂屋も実質的には大野屋であり、大坂に置いたものが大野屋だったので、大野のものを大坂屋とし、七兵衛とか七之助の「七」は、七郎右衛門からの連想かもしれない。この大野大坂屋が全国の大野屋のいわば「惣本店」としての意味を持ったとされているが、この名義人大坂屋七之助が内山七郎右衛門である。

表168 大野屋一覧

表168 大野屋一覧
 注4 ▼m0001▲は

 それ以後のことは表168のとおりである。同じ店で代替わりしたとみられるものなどは除き、はっきりしているもののみ揚げたが、この他にも存在した可能性はきわめて高い。むしろ明治以降にも多く開店していることが特徴である。名義人は先の大坂大野屋でみたようなことだからはっきりしないが、番頭や手代には七郎右衛門の腹心を派遣したといわれている。
 営業内容は、大坂の諸物価寄託販売・諸鉱物売買、箱館の船業・場所仕入、大野の生糸・奉書紬・布外字(綛)、岐阜の生糸・太物など、地域的な特徴を示す反面、諸為替・諸貸付などが全店に共通していることが知られるのであり、やはり金融を中心にしていたのであろう。



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