「渡世肝要記」(村松喜太夫家文書)は年未詳ながら和歌の形で人生訓を述べたものであり、短い言葉に人生の知恵が凝縮されている。全部で三六の歌からなっているが、ここでは代表的なものを二つあげてみた。「やす(安)くともむさともの(物)をハかい(買)置な いつもかわ(変)らしかね(金)の世の中」、この歌は「安物買の銭失い」という諺を一歩進めた内容になっている。銭が万能の世の中であるとの認識のうえに立って、いつ何に使うのが最も有効な金の使い方かをよくよく考えよとする。そこには功利主義的な考え方がうかがえる。「何事も目に見る事を本とせよ きき(聞)ぬる事はかわるもの也」、この歌には事物は時々刻々変化するものであるとの考え方がみられ、「よらしむべし知らしむべからず」とする封建道徳とはまったく違った方向が示されている。すべてを疑い自分が実際に見たもののみを真実とする現実的合理的な精神の芽生えがみられる。