次いで元文三年(一七三八)の家訓を紹介する。ここには他の多くの家訓でもとりあげている項目が網羅的に書きあげられている。「子孫伝記」「遺書之事」「神仏信仰之事」「先祖を祭る事」「御公礼議(儀)を立る事」「親に忠孝を励事」「子孫寵愛する事」「身と心の持様の事 附朋友交り之事」「家業勤る事」「家来召仕事」「雑説の事」、以上の一一項目である。そのうち「子孫伝記」を除いて各項目ごとに詳細な解説が施されている。とくに「身と心の持様の事」に最も多くをさいているので、ここから時間・火事・酒・生き方について述べた部分を要約して紹介する。
時間の大切さについては次のようにいう。時間というものはまたたく間に過ぎるものであるから、物事すべて早目早目に対応しておくのがよい。例えば一日が始まるに当たって、朝のうちから準備怠りなく調えておけば、日中の仕事もはかどり夜は一家団欒のうちに健やかに眠りにつける。このことはなにも一日に限ったことではなく、一年ひいては人間の一生についてもいえることである。火事の恐ろしさについても執拗に説く。火事は自家のみならず隣家を初め近所に多大の迷惑をかけ、時には人命をも損ない、世間全体の宝を一瞬のうちに費やすものである。くれぐれも火の用心に心掛けよ。酒のもつ二面性については次のようにいう。酒は百薬の長ともいわれ、祝事に欠かせないものとして、また人と人との間を和やかにする潤滑油としても必要なものである。しかし万病は酒より生ずるともいわれるから大酒は決してしないよう強く戒めてもいる。
一番最後に望ましい生き方について述べている。私欲をもつことなく人を偽ることなく正直を本とし、かたよることのない中庸の心としての誠を中とし、この二つが備わってくれば必然的に身についてくる徳を末とし、この三つを拠りどころに人生を送るべきであるとする。具体的な生き方として、「若年の時は随分諸芸・家業をならい、一七、八歳の頃からは習い覚えた所作を懈怠なく勤め、妻子を持ったならば一層心を入れてそれぞれの励みを伝え、親から家督を譲られたら家職に励み、隠居の後は世を逃れるのが人の法である」と述べる。これらの箇条からは、実生活での経験に裏打ちされた実践的な倫理観がうかがえ、非常に興味深い内容となっている。 |