目次へ  前ページへ  次ページへ


 第三章 商品の生産と流通
   第二節 鉱工業の進展
    五 様々な特産物
      木綿
 我が国の木綿の本格的な生産は中世末からといわれ、畿内・東海地区が先進地であった。北陸は気候の面から生産が遅れ、越前・若狭では、近世初期にはまだ栽培が行われていなかったと考えられる。元禄期に入ってようやく木綿の栽培が本格的に始まったのであろうか、元禄八年幕府領大野郡下荒井村では七月二十二日の大風雨で田畑に甚大な被害があったが、木綿も稲・粟・煙草などとともに打撃を受け、綿毛は吹き落とされ根を傷められたのでしぼんでしまい散々の体だと、西鯖江代官所に訴えている(鳥山次郎兵衛家文書 資7)。元禄十一年同郡の郡上藩領一八か村で麻を作る村は一四か村、綿は六か村、木綿を作る村はわずかに五か村(発坂・北山・大袋・西島・下麻生島)にすぎない。この五か村は一八か村のうちでは比較的に平坦で肥沃な村であり、木綿耕作には他村よりは適地であったといえよう(「村明細帳写」嶋田次郎右衛門家文書)。
 元禄十年に丹生郡に来た紀伊の大畑才蔵は(第一章第一節)、百姓の衣服について次のように書いている(「内蔵頭様御領越前丹生郡ノ内村々見分書」大畑家文書)。
下々常の衣類は男女共さくり(裂織)と申麻のくず(屑)にて折り(織)し物、袖なしを一枚づつ着はたら(働)き申候、常に野はたらきも仕候ほどのものは、寒中にも右さくりを一枚か二枚づつ着申す由、木綿綿入れなど下々に着候義は無之様に申候、右さくりと申候は紀州にて馬きぬ(衣)と見へ申候、
 この頃丹生郡の百姓は、まだ一般に木綿は着用していなかったと考えられる。しかし、木綿が衣料として優れていることが知られるにつれて急速にその栽培が広がっていった。坂井郡大味蛸村の延享元年(一七四四)・明和三年の「村明細帳」には、畑作物として麦・大豆・小豆とともに木綿が作られていることが記されている(重森邦夫家文書)。
 十九世紀にはいると、越前、若狭の気候と土質の適地では木綿の栽培が広がり、享和三年の吉田郡清水村他二七か村の大庄屋組では二一か村が木綿を栽培している(赤井富士雄家文書 資4)。文化十四年(一八一七)鯖江藩の小頭以下の者に示した衣服の覚によると、男女共すべて間着・下着・帯・袴など木綿に限るとあり、嘉永二年鯖江町奉行が町人に出した触によると、町人男女はもちろん召使いにいたるまで木綿を着るように申し渡していて、木綿がこの地域で普及していたことが知られる(『間部家文書』)。文政七年(一八二四)以降に書かれた「農業日用記」(松田家文書)に木綿の種蒔きは種一俵元に八升位、土かけ木綿簀を一日に二枚編むことなどの記載がみられる。また、文政十一年他国へ出す木綿外字や木綿布を運ぶ時、坂井郡細呂木村宿の問屋は細呂木改所に届けることになっていた(森藤右衛門家文書資4)。木綿を移出するほどに生産が増加したのである。天保(一八三〇〜四四)頃になると越前の商人が尾張に行き、木綿糸の売却や木綿製品の購入を行っている。
 天保十二年鯖江藩から尾張の宿場宮の問屋に、江戸へ運送する荷物の運賃について問い合わせているが、布・木綿・外字糸類は一駄につき正銀一二匁と答えている(飯田廣助家文書 資6)。翌年三月同藩は、領内の村々ではこの頃木綿や布が追々生産されてきたので、仲買の免許を持っている者や問屋へ、持ち出して売り捌くのは勝手次第であるが、他へは一切売り渡してはいけないと定めている。同じく万延元年(一八六〇)閏三月十日には、村々において布や木綿のできる時節になったので、来る十三日より布市を立てるから鯖江の問屋へ持ち出して商いをするようにと産物方から庄屋に知らせている(『鯖江市史』四)。
写真69 高島善左衛門碑

写真69 高島善左衛門碑

 慶応二年(一八六六)九月には、坂井郡鷲塚村の大庄屋久保家の組下三〇か村のうち一四か村から、冬の農間稼ぎとして木綿の賃挽きを福井藩に願い出ており、二〇〇貫、三〇〇貫と大量の綿を賃挽きしたいと願い出る村もあった(久保文苗家文書 資4)。
 明治五年の「足羽県地理誌」には、綿は各郡内で栽培しているが不足するので輸入していると書かれ、著名な産地として、坂井郡の重義村(木綿三五〇反一反に付き値永二五〇文)・番田村(木綿二五〇反)・丸岡(木綿糸・白木綿・木綿縞縮・白木綿縮)、吉田郡松岡(糸入木綿縞)、大野郡大野(玉綿五七貫目)の五地域があげられている。また、全県的には織物として白木綿は各郡にて織られるが坂井郡が最も多く、白木綿縮と木綿縞縮は丸岡にて織られ、木綿縞は丹生郡石田村その他で織られ、糸類としては木綿外字糸は丸岡その他で産出するとある。坂井港(三国)から移出されるものとして木綿一万五〇〇〇反、木綿外字糸五〇駄、石田縞一万五〇〇〇反と記され、近世末期越前北部の木綿の生産の盛況をうかがうことができよう。



目次へ  前ページへ  次ページへ