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 第二章 農村の変貌
   第一節 近世後期の農業と農民
    一 若越農業の概観
      地誌にみえる産物
 明治初年の農産物生産・加工の大概は右のごとくであったが、さかのぼって、近世の状況はどうであったか、当時の地誌類の記述からうかがってみよう。
 近世初期については、寛永十五年(一六三八)成立といわれる俳諧書『毛吹草』に全国的に知られた各地の特産を付載しており、越前・若狭については表33に示した産物をあげている。

表33 『毛吹草』所載の産物

表33 『毛吹草』所載の産物

 このうち、農作物・同加工品といえるものは若狭の小浜酒、厚紙、煮扱き苧、越前の奉書その他の紙、絹、布類とその加工品の頭巾、肱綿、竹藁加工品の蓑、笠や蒲脚半、ダマの油木、丸岡素麺、大野酒などである。なお正徳三年(一七一三)の『和漢三才図会』にも小異はあるが同似の記事があり、近世前期に全国的に伝聞されていた若越の名産品は右のようなものであった。
 近世中期以降になると、地元でいくつもの地誌が編纂されるようになり、産物も記載されている。いま、近世中期の寛保三年(一七四三)の跋文のある「越藩拾遺録」と寛延二年(一七四九)の「若狭国志」の記事から、町方を省き、また木石、魚鳥、果実、野菜、根菜、薬、酒の類を省いて、主に加工農産物について表34・表35を作成した。「摘要」欄は原文の要点をメモ的に記したものである。
 地元の視座で選定されたこれらの産物は、若狭や越前の地域市場に流通していた特産・名産であろう。また全国的な流通に乗っているものもあることは、『毛吹草』にも記されていた布・絹・糸類や和紙・苧屑頭巾・蒲脚半・肱綿・網代笠・煮扱苧が選ばれていることと、摘要欄からわかるように越前のサシ足袋、馬の尾掛、牛蒡種、楊枝木、また馬も他地域へ流通していたことから知ることができる。ほかに表から省いたが、小浜絹、桐油、小浜酒、若狭塗、熊川鞍、金津の鋏・毛抜(鑷)も初期以来の全国的にみた特産であった。
 最後に、明治七年の敦賀県報告書の付録「地誌提要」の「物産」の項を表36に示した。工産物・海産物や町方の生産物も含めて掲げたが、本節の初めにみた生産額の多寡だけでは読みとれなかった多様な諸産品をうかがい知ることができる。しかし、その選び方をみると、江戸時代の地誌と違って、名産をあげるというより、主要な産物をあげるという態度が強いことに気付くのであり、殖産興業へ向けて動き出そうとする明治という時代の気配が感じられる。

表34 「越藩拾遺録」の越前の「産物類」

表34 「越藩拾遺録」の越前の「産物類」


表35 「若狭国志」の若狭の産物

表35 「若狭国志」の若狭の産物


表36 明治7年(1874)の越前・若狭の物産

表36 明治7年(1874)の越前・若狭の物産



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