目次へ  前ページへ  次ページへ


 第五章 宗教と文化
   第二節 越前の真宗
    二 越前真宗三門徒派と高田派・仏光寺派
      真宗山元派本山証誠寺
 如道の高弟道性が至徳二年(一三八五)に創立したといわれ、「選択集延書」(三重県専修寺文書)の応永三十五年(一四二八)に初めて寺号が見える。初め今立郡山本庄にあったため山元派と称する。寺伝によると、文明七年(一四七五)三月、横越へ寺基を移したという。「永正十三年八月日次記」によれば、永正十七年(一五二〇)に当寺が京都仁和寺門下として参内するとの風聞を伝えている。応仁の乱以後、当寺に寄寓していた京都毫摂寺が慶長元年(一五九六)清水頭村に寺基を移すに至って門徒は二分したため、当寺も一時期、村国村に寺基を移し、寺内の争いやたび重なる門末の分裂によって宗勢は衰微した。



目次へ  前ページへ  次ページへ