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 第三章 近世の村と浦
   第一節 近世農村の成立
    一 越前・若狭の村々
      近世の村
 まず、近世の村について、若越の場合にそくして概述しておこう。近世の村の成立には太閤検地が重要な意味をもったといえる。太閤検地は、領主が中世のように年貢高だけを把握するのではなく、村域を確定して村切を行い、村ごとに竿入れ・縄打して反別をはかり、田畑の等級に応じてその生産高を見積って斗代を定め、それを石高で表示した。この石高制は、百姓が持高に応じて年貢を納める基準であり、また武士が知行をもらい、それに相応する軍役を勤める基準でもあった。その基準によって武士も百姓も階層的上下関係が定められた。
 そして、この石高に領主が定めた年貢率(免)を掛けて年貢量が決まった。年貢を納めるのは検地帳に記載された百姓であるが、一地一作人の原則とか作合否定の原則といわれるように、近世領主は中世以来の重層的土地所有関係を認めず、直接に耕作者を掌握しようとした。そのうえで年貢は村を単位として課され、村宛に年貢割付状(免状)、皆済状が交付され、滞納・不納(未進)が生じないよう村として請け負わせた。これを村請制という。
 天正十五年(一五八七)に若狭の領主浅野長吉(長政)が、おとな百姓が耕地を下作させて作合(中間得分)を取ることを禁じ、また、おとな百姓や荘官に平の百姓が使われることを禁止し、翌年にその奉行人が走百姓のあとは惣中として耕作し年貢を納めるよう定めているのは、近世領主の政策を端的に示している(清水三郎右衛門家文書 資9)。
 領主は検地による土地の把握のほかに、労働力を徴発するため役家制度などで人身の支配も行ったが、キリシタン取締りなどを契機に宗門人別改を行い、五人組制度を立てて家と人を把握し、人の移動を制限した。
 近世領主の支配の末端を担う役として村々に庄屋が置かれ、次いで補佐役の長百姓(組頭)、また村によっては百姓惣代も置かれた。
 庄屋が行う業務上の書類は、土地・年貢関係や法令類、宗門人別改帳・五人組帳・明細帳などの公用書類、またそれらに関する願書類などが主なものであった。しかし、現在も残されている庄屋文書のなかには、それ以外の村に関するもろもろの事柄の書類がみられる。これは行政村の長であった庄屋の権限が次第に拡大してきて、生産と生活の共同組織としての村についても取り仕切るようになったからである。それは領主の村支配が深まったことの反映であり、近世的な村が確立したことを表している。
 それまでの間は、中世的な村が近世的に編成し直される過程であった。領主は支配を貫徹させるために行政上の村を設定したが、それはおおむね農民の生産と生活の地縁的共同組織である村と同じであった。領主は共同組織を否定するのではなく、その自律性を必要な限りで認め、それに依拠しながら統治を貫徹しようとしたのであった。つまり行政上の村と生産・生活共同体の村とが二重になっているのであり、近世の村はこの両方からみる必要がある。
 村には領主が触れ出した法度とは別に、村内だけで決められた村法(村極)があった。田畑・用水・山林・漁場・道橋の管理、出張雑用の補助、損害等の共同扶助(与内)、火盗の警防、寄合・祭礼等への参加、村法違反者の処罰など、村の共同生活上の諸般にわたる規制が村人によって自主的に決められ、守るべきものとされていた。また村人は、領主への年貢・諸役とは別に、村を維持するためのや人足を負担しており、この村役の負担の仕方も定まっていた。もっとも、領主支配が強まると、村法のなかに領主法を遵守する旨の条項や、村役人や年貢の条項が入ったりするようになる。
 近世の村の内部には、封建的な強い上下の階層差があった。持高の大小、高持(百姓)と無高(水呑・雑家・地名子・かじけ百姓)は石高制に基づく主要な区別であったが、また面百姓と脇百姓、頭百姓と小百姓、大前と小前といった区別もみられて村政へのかかわりの度合いが違い、従属関係もまつわっていた。個人的な従属は本家と別家、地親と地借、親方と子方のあいだなどにあり、また、家来・譜代などと呼ばれて主家・主人に仕える人もいた。
 村政は「惣百姓」(惣は総の意)の寄合で相談して決められ、年貢・村入用の算用も立会人を立てて公正を期した。しかし「惣百姓」は高持百姓を指し、無高の水呑百姓は本来の寄合の構成員ではなかった。もっとも、近世初期には「惣百姓の村」が十分には成立しておらず、一部の年寄百姓(頭百姓・おとな百姓)が村政を取り仕切り、近郷の村々の出入の扱人を勤めるなど、中世以来の惣の指導者の姿が残っていた。また近世中・後期になると、階層の分化、貧富の差が強まり、他方で新興の百姓が台頭するなどの変化によって小百姓や無高の者の発言、行動が強まり、公平・平等を要求してしばしば村方出入を起しており、村政への参加も一部実現するようになる。



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