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 第二章 藩制の成立
   第三節 藩政機構と家臣団
    三 藩財政の仕組
      かさむ借銀
 年貢の搾取にはおのずから限界がある。しかも凶作が続き、藩士の生活も奢侈になってくると、年貢収納分のみでは賄いきれなくなってきた。松平光通は、明暦元年以降繰り返し家中に対し奢侈を厳しく戒めているが、ほとんど実効はあがらなかったようで、いきおい御用商人などからの借銀に頼らざるをえなくなったのである。
 表44は藩札の札元も勤めた金屋家の貸銀を、半知以前に限って示したものである。後述の幕府拝借銀の換算率を当てはめると、金一〇〇両が銀で五貫五〇〇匁に相当する。「枝手形」とは元から枝が出る意味で、数人の商人が出金した場合、全体の名義人である責任者から、それぞれの金主に渡した手形のことである。それらによると金屋家以外にも、慶松勝左衛門や越中屋長右衛門・三国屋浄覚・桔梗屋吉十郎なども用立てていたことが知られる(金屋慶治家文書 資3)。大口はやはり福井藩であるが、越前から転封した大名が多いのは、それまでの因縁によるのであろう。御三家の一つ和歌山藩のほか長州藩なども含み、商人からの借銀に頼ったのはひとり福井藩のみではなかったことがわかる。

表44 金屋家の貸銀

表44 金屋家の貸銀
            注1 *は「証文」で確認できるもの.
            注2 ※は「枝手形」で全体で20貫の内,金屋家が7貫であることを示す.
            注3 「金屋氏家譜」(金屋慶治家文書)による.「証文」により年代・人名などを若干改め,乙部勘左
               衛門を補充した.

 また家中の借銀も注目されるところであるが、いかにも小口である。本多富正が大坂出陣に当たって三〇両を借りているが、富正ですらわずか三〇両を借用せざるをえなかったのであろう。家中の借銀は深刻であったようで、先述の借銀調査では、知行高一〇〇石について一貫までの借銀を少借銀、二貫までを中借銀、それ以上を大借銀と称し、買掛金も三分の一ずつ三年で払うことにしている。
 丹生郡新保浦の廻船業相木惣兵衛は、延宝五年と七年に大野藩に銀四二貫余貸しているが、大野藩ではこれを返済できず、明石転封後に六年賦で済ますことにされた。そのうえ松平直明は、明石へ転封する時の費用として七七貫余借用せねばならないほどであった。そのほか延宝七年には松岡藩に米一〇〇〇俵を貸していることが知られる。また元禄十四年(一七〇一)の相木芳仲遺言状によると、福井藩に五九貫、松岡藩に三〇貫用立てているが、福井藩の場合は理不尽に申し掛けられたとある(相木嘉雄家文書 資5)。
 突発的な災害も財政の負担となった。福井城下では万治二年に続いて、寛文九年にも大火が発生した。四月十五日午前十時過ぎ、勝見村永雲寺門前より出火し、「辰巳風」(東南の風)に煽られて城下をなめつくし、午後十時過ぎまで燃え続けたという。天守閣をはじめ城内の大部分の建物が烏有に帰したほか、家中六一四軒、寺三七宇、町家は五九町にわたって二六七六軒が焼失し、町中ほとんど焼野原となった(「家譜」)。
 この時幕府から金五万両、銀にして二七五〇貫(一両が五五匁に相当)を拝借したほか、城下の豪商からも借銀し(表44)、府中本多家への二七貫余をはじめ、家中侍たちへ合わせて五二三貫、町中へ二〇〇貫貸している。この借銀に明暦元年から寛文七年までの勝山御領分の物成拝借分六四二八貫を加えた九一七八貫を、寛文十年から二〇年賦で返済することとされたから、藩財政にとって大きな痛手となった。なお、復旧に当たって大工などの諸職人が暴利をむさぼらないよう、それぞれの作料も定められている(「家譜」)。
 延宝四年六月二十一日、評定所へ諸役人を召集した福井藩の月番家老狛貞澄は、借銀の累計が二万貫にのぼるので、何か良い思案でもあれば披露するように申し渡すことがあった(「家譜」)。銀二万貫といえば金にして三六万両をこえ、福井藩歳入の三年分以上に相当する、決して軽くない借銀といってよい。先に述べた理由で借銀が嵩み、様々な努力にもかかわらず増え続けたのである。諮問された諸役人に妙案のあろうはずもなく、おそらくこのまま推移し、とくに半知以降、家中からの借知と、町在からの借銀や御用金がほとんど恒常化するのである。
 かつて余裕のあった小浜藩も例外ではなかった。寛文三年家中へ節倹を求めたあと、延宝二年には「数年の御勝手不如意」との理由で借知が始まった。しかしそれでも諸方の借銀が返済できないので、翌三年には家中の一部に暇を出し、残った者には「俵直し」といって、それまで一俵四斗五升入であったものを、四斗入にして渡すことにしているほどである(鈴木重威家文書 資9)。
写真72 勝山藩の借用状

写真72 勝山藩の借用状



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