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『福井県史』通史編3 近世一
家文書 資8)、武田氏の時代からの支配権が引き続き認められている。ただしこうした支配権は、信長より武田氏旧臣に与えられた...越前の朝倉氏が滅び、丹羽長秀が若狭に入部することにより武田氏の領国は最終的に解体され、武田氏旧臣は信長の家臣となり、若狭衆と称されて...localhost/fukui/07/kenshi/T3/T3-0a1a2-02-02-03-02.htm -
『福井県史』通史編2 中世
しかも明通寺は武田氏の祈願寺であるが、日光坊は武田氏の有力家臣白井民部の祈 所となっており、...では末寺や寺僧に対する正照院住持の統制権を武田氏が全面的に支持しており、武田氏は一国内の東密系寺院を正照院を頂点に権力的に再編しようとした。...localhost/fukui/07/kenshi/T2/T2-6-01-01-01-05.htm -
『福井県史』通史編2 中世
なお栖雲寺は、寺伝では文明十五年武田信親の創建で、武田氏の出身で武田元信の子である京都建仁寺の潤甫周玉を開山に...したがって、当初は東福寺退耕庵末寺であったが、武田氏によって再興され、武田氏出身の建仁寺系の僧が住持となってのちは建仁寺...localhost/fukui/07/kenshi/T2/T2-6-01-02-02-10.htm -
『福井県史』通史編2 中世
本巻は平氏政権より戦国末期の朝倉・武田両氏の滅亡までを叙述する。導入として平安末の院政期、また両...の途を進めることになった。若狭守護は永享十二年(一四四〇)武田信栄が一色氏に代わり、四代元信の晩年ころより若狭に多く居住...localhost/fukui/07/kenshi/T2/2-2kansyuu-01.htm -
『福井県史』通史編2 中世
前ページへ 次ページへ 第三章 守護支配の展開 第二節 一色・武田氏の領国支配 二 一色氏の国衙掌握と領国支配機構 守護代三方氏の権勢...新しい守護代に鎌倉期以来の在地国人三方氏、そして小守護代に武田氏と同じく一色氏の守護就任以前から若狭にいた長法寺氏を起用...localhost/fukui/07/kenshi/T2/T2-3-01-02-02-05.htm -
『福井県史』通史編2 中世
前ページへ 次ページへ 第四章 戦国大名の領国支配 第四節 朝倉・武田両氏の滅亡 四 反信長連合の形成と朝倉氏 義昭の越前逗留と上洛...敦賀に入った(同前)。義俊と義秋は早くから義景のほか若狭の武田義統や尾張の織田信長にも協力を要請しているが、遠く越後の上...localhost/fukui/07/kenshi/T2/T2-4-01-04-04-01.htm -
通2 表
表031 太良荘に対する寺社関係役 494 表032 在京武田氏被官による奉書の署名者 500 表033 若狭に賦課された段銭・役夫工米(二)...天文20年の遠敷郡太良荘本所方の年貢・公事 707 表048 武田氏による主な国外出兵 720 表049 越前・飛騨・美濃における本尊・画像数...localhost/fukui/07/kenshi/T2/T2-hyou.html -
図説福井県史 近代13 北海道移住(2)
北海道移住(2) 天塩郡天塩村の武田農場(明治後期) 大野郡野向村では、1899年(明治32)年に村助役 武田与八郎が開拓監督となって小作人を募集し、...localhost/fukui/07/zusetsu/D13/D132.htm -
『福井県史』通史編2 中世
湊の領知と守護大名領国制の進展 小浜代官 写真258 後瀬山と小浜 武田氏の支配下においては、永正十六年(一五一九)十一月に家督を...、ここに守護大名の城下町の体裁をもそなえることとなった。 武田氏のもとでは小浜代官が知られるようになる(四章三節三参照)...localhost/fukui/07/kenshi/T2/T2-5-01-02-04-05.htm -
図説福井県史 近世35 水戸浪士(2)
▲武田耕雲斎(1804〜65) 敦賀市 松原神社蔵 敦賀市立博物館寄託...敦賀市松原 ▲「水府正士於松原御仕置之図」 敦賀市 山本勝久氏蔵 ▲武田耕雲斎所用の陣羽織 敦賀市 松原神社蔵 敦賀市立博物館寄託...localhost/fukui/07/zusetsu/C35/C352.htm