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 第五章 転換期の福井県
   第三節 変貌する諸産業
    一 農業の近代化と兼業化
      高度経済成長と農業基本法
 戦後の復興過程をへて高度成長過程に入った日本経済は、重化学工業を中心とした工業化の道をばく進していくが、そのなかで農村は、一方では、第二次、第三次産業部門において生じた大量かつ急激な労働力需要にこたえる労働力供給源として、他方では、農業機械・化学肥料・農薬などの生産財から電化製品などの消費財にいたるまで、工業製品の重要な市場として位置づけられることになった。また、一九六〇年(昭和三五)の日米新安保条約締結によって本格化した貿易自由化の動きのなかで、農産物の輸入自由化が日程にのぼるようになると、国際比較における日本農業の生産性や農産物価格水準が問題視されるようになった。さらには、経済成長にともなって拡大した農業と他産業との所得格差の是正も一つの大きな政治課題となっていた。
 こうした状況において、六〇年、池田勇人内閣は、高度成長をすすめる経済政策として「国民所得倍増計画」を発表する一方で、これと並行して、前年設置した農林漁業基本問題調査会の答申をうけるかたちで、あらたな農業政策の立法化に着手し、翌六一年、「農業基本法」を成立させた。農業基本法は、その政策目標を「農業の自然的経済的社会的制約による不利を補正し、他産業との生産性の格差が是正されるように農業の生産性が向上すること及び農業従事者が所得を増大して他産業従事者と均衡する生活を営むことを期すること」(第一条)として、農業と他産業との所得の均衡、生産性の向上と生産の選択的拡大、農業構造の改善などにかかわる種々の政策上の柱を定め、それらの実施を提案した。なかでも、「農業経営の規模の拡大、農地の集団化、家畜の導入、機械化その他農地保有の合理化及び農業経営の近代化」(第二条)をはかり、他産業なみの所得を農業だけであげられる「自立経営」を育成しつつ、従来の零細脆弱な農業構造を改善しようとするいわゆる構造政策は、基本法農政の中心的柱とされた。そして、その具体的施策として、「農業構造改善事業」等の諸事業が全国的に実施されることになった。
 基本法農政は、一方で、経営の近代化や規模拡大によって生産性の高い「自立経営」を育成して、需要増が望める部門の「選択的拡大」の担い手としつつ、他方では、零細農家の大量離農を促進し、他産業への労働力移動をはかって、わが国の農業構造を積極的かつ抜本的に改編しようとする点で、農地改革以来の小農維持・食糧増産を基調とした従来の農政からの大きな転換を意味するものであった。それは、なによりも、日本経済の全体的な拡大と成長という文脈を重視し、そのなかで農業と農村の位置と役割を考えるという発想に立った農政の展開であったということができる(蓮見音彦『苦悩する農村』)。
 わが国の農業や農村は、かくして、加速化した経済成長とそれに呼応した農業政策のもとで、急速かつ劇的な変化をとげていくことになった。福井県の農業や農村も、この大きな変動の波のなかで、その歴史的地域的個性から発する対応を示しつつ、その姿を大きく変えていくことになった。



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