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 第三章 占領と戦後改革
   第三節 経済の民主化と産業の再建
    一 農地改革
      農地改革への道程
 日本では、すでに戦時体制下において小作争議の防止や農業生産力の維持・向上を目的としていくつかの農地制度改革が試みられてきていたが、それらは、地主小作関係を基軸とする戦前の農地制度になんら根本的な改変をせまるものではなかった。そして、戦後、日本政府の主導のもとに策定された、小作地保有限度面積五町歩を柱とする第一次農地改革案は、まさにこれら戦時体制下の政策の延長線上に位置するものにほかならなかった。
 これに対して、アメリカも日本の軍国主義の源泉の一つをその農地制度のあり方にあるとみなし、戦時中から日本の農業に関する研究を続けていた。しかし、国務省のR・フィアリーや農務省のW・ラデジンスキーら農業問題の専門家が用意した小作制度の全廃を含む農地改革案が、J・グルーら日本派の抵抗により極東小委員会(Subcommittee for the Far East:SFE)で起草中止になったことや、日本が予想外に早く降伏したため、マッカーサー司令部へは国務・陸海軍三省調整委員会(State‐War‐Navy Coordinating Committee:SWNCC)からの農地改革の指令はなかった。マッカーサーは総司令部政治顧問部(Office of Political Advisors:PALAD)のG・アチソンの手により四五年の一〇月末に提出された、いわゆる「アチソン・フィアリー文書」を見て、独自の判断で農地改革を決意した。第一次農地改革法案審議の最中に出された「農地改革に関する覚書」は、まさに農地制度改革に対するマッカーサーの決意を示す以外のなにものでもなかった(『農地改革資料集成』14)。しかし、日本政府はこの「覚書」が第一次農地改革案を支持するものだと思い込み、衆議院で審議未了の可能性が高かった第一次農地改革案が一転、国会を通過することとなった。
 すでに年末には総司令部から日本政府に、「覚書」は第一次農地改革案を支持するものではない旨の見解が伝えられていたが、年があけると天然資源局(Natural Resources Section:NRS)にラデジンスキーら専門家が着任し、自らジープを駆って農村地帯をまわった。その結果、第一次農地改革案は不十分との批判が天然資源局を中心に声高に叫ばれるようになり、天然資源局は事あるごとに日本政府に対して不満の念を表明した。
 そのようななか、四六年三月一五日に出された「農地改革に関する覚書」に対する日本政府の答えは、第一次改革案を骨子としそれに多少の修飾がある程度のものであったため、天然資源局の不満はますます高まった。ラデジンスキーらは四月二六日に、在村地主の土地所有限度三町歩等をおもな内容とする天然資源局案を作り、それを総司令部の正規の覚書とするよう要請したのであった。
 これに対して、四月三〇日に開催された第三回対日理事会(Allied Council for Japan:ACJ)でソ連代表のK・デレヴヤンコが、根本的な土地改革がなされないかぎり、日本社会の変革は不可能である旨を述べ、それをきっかけに農地改革問題は対日理事会の議事日程にのせられることとなった。対日理事会では小作制度の完全な廃止を主張するソ連案と、一町歩まで小作地保有限度を認める英連邦案が出され、微妙な人間関係を内にはらんだ白熱した議論がくり広げられたが、結局、英連邦案(中国による修正をうけた)が総司令部案として、六月二八日に日本政府に対する勧告(指令ではない)のかたちで示されることとなった(E.E.Ward,Land Reform in Japan 1946〜1950 the Allied Roll)。
 日本政府はこの勧告をもとに法案を作成したが、そのさい総司令部との何回かにわたる交渉で、総司令部案をいくつかの点で修正した。国会では小作地保有限度面積一町歩などをめぐって激しい論戦がくり広げられたが、結局、一〇月一一日には「農地調整法の一部を改正する法律」、「自作農創設特別措置法」が貴族院を通過(衆議院提出が九月七日、通過が一〇月五日)し、公布(施行は農地調整法の一部を改正する法律が一一月二二日、自作農特別措置法が一二月二九日)され、ここに第二次農地改革実施の条件が整うこととなった。第二次農地改革関連法案の主要な内容はつぎのとおりである。
  (1)農地買収は政府が強制的に行う。
  (2)不在地主の農地はすべて買収する。
  (3)在村地主の小作地保有限度面積は、内地平均一町歩、北海道四町歩とする。
  (4)在村地主の保有地については、その保有限度面積はその者の保有する小作地の
     面積を含めて、内地平均三町歩、北海道一二町歩とする。保有面積が三町歩(北
     海道一二町歩)をこえる場合、そのこえる部分については、小作地からこれを買収
     する。ただ、自作地が三町歩(北海道一二町歩)をこえている場合でも、耕作の業
     務が適正であると認める場合にはそのこえる部分を買収の対象とはしない。
  (5)買収の単位は「世帯」で行う。
  (6)保有小作地の選択権は市町村農地委員会がもつ。
  (7)農地の購入価格は田が一九三八年現在の賃貸価格の四〇倍、畑が四八倍とす 
     る。
  (8)小作料は金納化する。
  (9)市町村農地委員会の構成は小作五、地主三、自作二で、その他選挙された委員
     の合意のもとに三人の中立委員をおくことができる。
  (10)二か年で完了する。



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