目次へ  前ページへ  次ページへ


 第一章 武家政権の成立と荘園・国衙領
   第七節 中世前期の信仰と宗教
    三 越前・若狭の専修念仏
      大町如道と三門徒派
 鎌倉末期の越前に注目すべき思想家が登場した。足羽郡大町専修寺の如道(如導)である。如道とその門下を一般に三門徒派(横越証誠寺・鯖江誠照寺・中野専照寺)とよぶが、のちに本願寺と三門徒派が対立したこともあって、如道は悪名高い秘事法門の主唱者として厳しく批判されてきた。例えば加賀光教寺の顕誓(一四九九〜一五七〇)が執筆した「反古裏書」には、本願寺覚如が越前に赴いたさい、如道はその教化を受けたが、覚如が上洛すると彼は秘事法門の邪義を唱えるようになって門徒から追放されたとある。
写真85 如道木像

写真85 如道木像

 秘事法門とは善鸞(親鸞が義絶した息子)の法統を引くもので、教団指導者は代々「唯授一人口決」を受けて親鸞位に登り、自己を仏とし仏像への礼拝を拒絶したといわれる(「大谷本願寺通紀」)。近代真宗学でも本願寺中心主義を払拭できなかったこともあって、こうした如道への邪宗視はなお存続したが、昭和十年(一九三五)に今庄町専念寺の住職である藤季の画期的な研究『愚暗記返札の研究』が発表され、これを契機にようやく如道像の全面的見直しが進むことになった。
 如道については生没年すら未詳で、その出自についても、平判官康頼の子孫とも、大町太郎衛門の子とも伝えられているが(「中野物語」)、定かではない。ただ彼は「真言宗四度ノ潅頂」を受けている。当時、百姓身分出身の者が伝法潅頂を認められることはまずありえず、社会的には侍身分の出身であった。やがて如道は真言僧から専修念仏へと回心したが、そのきっかけとなったのは、親鸞面授の弟子である三河国和田の円善との出会いである(「親鸞聖人門侶交名牒」)。
 善鸞義絶によって東国真宗教団の動揺と危機がほぼ落着した正嘉二年(一二五八)に、東国教団の指導者たちは上洛して京都の親鸞に面した。その京都からの帰り、指導者の一人顕智は三河国の「権守トノ」宅に滞在し、ここを拠点に三年にわたって布教を行なった(「三河念仏相承日記」)。その「権守トノ」が如道の師の円善である。円善はその後、三河門徒の中心として活発な活動を展開し、やがてその教線を越前にまで伸ばしていった。例えば十三世紀後半には三河佐塚の専性が越前大野に専光寺を構えているし、円善の弟子信性も足羽川沿いの足羽郡和田荘に道場(和田本覚寺)を開いている。このような三河和田門徒の越前進出のなかで、如道は円善と出会ってその弟子となり、専修念仏へと回心した。そして大町に専修寺を開創し、そこを拠点に近江・若狭にまで信者を増やしていき、ついに当地の専修念仏の指導者となった。
 こうしたなかで、如道は本願寺の覚如(一二七〇〜一三五一)と出会う。応長元年(一三一一)、覚如は息子の存覚とともに越前に下向して、二〇日余の間如道のもとに逗留した。その間、如道は覚如父子から『教行信証』の講義を受けている(「存覚一期記」)。この覚如の越前下向は、覚如自身にとって特別な意味あいがあった。覚如は親鸞の曾孫で、「口伝鈔」「改邪鈔」「親鸞聖人伝絵」などを著して親鸞至上主義を掲げるとともに、親鸞門流における本願寺の地位確立に努めた人物である。覚如はこの越前下向の前年に、大谷廟堂(本願寺の前身)の留守職をめぐる長年の相論にようやく勝利することができた。しかし東国門弟が留守職任命権を握るなど、伯父唯善との相論の過程で親鸞門流の主導権は東国門弟に掌握されることになった。そこで覚如はこれ以後、主導権を奪取して本願寺中心主義を確立しようとするが、その第一歩として越前下向が行なわれたのである。しかも覚如は親鸞の「鏡の御影」を越前に携行しており、如道の教化が特に重要なものであったことがわかる。如道が東国の高田派に連なる人物であるにせよ、越前から近江・若狭にかけて多くの信者を擁していた如道の支持を得ることは、本願寺の主導権を確立していくうえで欠かすことのできないことであった。
 観応二年(一三五一)正月に覚如が没したおりには、如道は観応の擾乱に揺れる京都に上洛してその葬儀に参列しているし、覚如の伝記「慕帰絵詞」では、「自余修学の門徒」ながら覚如の弟子となった者の筆頭に如道を挙げている。如道と覚如とのつながりの深さがわかるだろう。如道が邪義を唱えたために破門されたとの「反古裏書」の記事は事実に反している。しかも如道の著作をみても、秘事法門の色彩は全くみえない。如道の没後、第四代の浄一(中野専照寺祖)が本願寺巧如(一三七六〜一四四〇)と対立して門徒を放たれ、その対抗上、浄一は京都出雲路毫摂寺と結んだり石清水八幡宮の田中善法寺の末寺になろうとした経緯がある(「中野物語」)。おそらくこの浄一への敵対感情によって如道像が歪曲されたのであろう。



目次へ  前ページへ  次ページへ