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 第一章 昭和恐慌から準戦時体制へ
   第二節 農業恐慌と農村社会
    一 農業恐慌の波紋
      教員減俸の訴え
 こうした一方で、町村民の負担軽減をはかる具体的な方策として、教育費や役場費の削減を求める声が高まった。事実、この時期の町村予算に占める教育費と役場費の比重は高く、とくに教育費の場合は県内各町村において予算全体のほぼ四割から六割を占め、その過半が教員給料であった(『市町村勢の概要』)。今立郡服間村(約六六〇戸・二九〇〇人)の場合を例にとると、一九三〇年度(昭和五)の歳出(経常部)約二万四〇〇〇円のうち、小学校費が一万五〇〇〇円弱で全体の六割以上を占め、その七割あまりの約一万一〇〇〇円が教員給料であった(旧服間村役場文書)。一七名の教員に対して、一か月平均五四円近くが支払われており、村長の五〇円、書記の平均二六円の給料に比べても高額であった。ちなみに、三〇年でみた福井県の小学教員の給与待遇は、全国四六府県のなかで第四〇位にあり、その意味では並外れて優遇されていたわけではなかった(『大阪朝日新聞』30・11・6)。
 三〇年一一月に足羽郡上文殊村で開かれた村民大会では、教員の四割減俸、役場吏員の一名減員、年末賞与の全廃が訴えられたように(『大阪朝日新聞』30・11・13)、各地で役場吏員や教員の減俸・減員を求める運動がさかんになり、学級の整理や専任校長の廃止、教員による給与の自発的寄付、給料の安い教員の配置を求める要望があいついで提出された。その背景には、不況下に安定した給与を保証された教員や吏員に対する、農民側の嫉妬心や反感が潜んでいた。当時の『福井県農会報』(30・11)は、農家の窮状を訴えるにさいして、稲作収入と教員給の比較を試み、一町歩を耕作する小作農家の年収が教員の月給六〇円に等しいことを明らかにしている。農民側の主張に一定の根拠をあたえているのである。また、この時期には、俸給労働者にあこがれ、農業を厭う青年層の意識がよく問題にされた。当時の矛盾をきたした農村社会を詠んだ「農村叙景、滑稽いろは歌」(『福井県農会報』31・2)には、「やとはれることのみ思ふ青年よ、麦にこやしの一杯もやれ」の句がみられる。こうした時世の農村青年に対する焦燥の念が、農民の身近にいた、もっとも優遇された俸給労働者である教員に対する非難をいっそう高ぶらせたのであろう。
写真6 「農村叙景、滑稽いろは歌」

写真6 「農村叙景、滑稽いろは歌」

 この教員減俸の要求は、郡部を中心に非常な高まりをみせ、これにあわてた県当局は各町村長に対して、教育費の削減、教員の減俸をむやみに行わないよう注意を促した。しかし、丹生・南条・今立郡の町村長会のように、教員に対する半強制的な俸給寄付を申し合わせ、県の指示に従わないところが現われた。三一年四月に丹生郡村長会では、教員の俸給に関して、寄付願いを徴してその一割を控除して支払う、俸給全額の領収書を発行して寄付金の預かり証を交付する、以上に応じない場合は支払いを延期する、という三項目を決議した(『大阪朝日新聞』31・4・22)。その後、県の説得も功を奏することなく、教員給与の支払いが延期され、この動きは、武生町をのぞく隣接南条郡にも飛び火した。県側の村長との交渉、教員側の協議がほぼ一か月にわたり続けられ、ついに教員側が自発的寄付をほのめかすなかで、ようやく全額支給の妥結をみた(『大阪朝日新聞』31・5・2、9)。
 ところが六月に入ると、四月から五月の間に自発的な寄付を行う者がなかったことを理由に、今立郡で教員俸給の強制寄付問題が再発した。町村長側が俸給から寄付額の一割を引き去って支払うことを決議したのに対し、教員側がこれを拒絶したため、同月の給与が未払いとなったが、県の指導により翌月中旬に解決するにいたった(『大阪朝日新聞』31・6・24、7・19)。
 この間、政府は前年からの懸案であった官吏の減俸を六月に実施し、県でもこれをうけて地方官吏、小学教員の減俸が議論にのぼった。そのさい、政府の方針に準じて月俸一〇〇円以上の者を対象とする方針が固められたが、これに対して県町村長会は断固として根本的な減俸を訴え続け、小学教員の異動・昇給に関しても町村長の内申をうけて行うようにと陳情を重ねている(『大阪朝日新聞』31・7・19)。
 新聞紙上でも「教員の受難時代」とうたわれた三一年上半期における、教員の待遇をめぐる悶着・騒動は、不況に叩きのめされた農村・農民のフラストレーションの一つのはけ口であったように思われる。三二年七月には、農村救済策の一環として、三か年間の期限を切った「市町村立尋常小学校費臨時国庫補助法」が成立し、教員給料に対する国庫補助がさらに強化されることになり、減俸や強制寄付の動きはひとまず沈静化した。



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