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 第二章 若越地域の形成
   第一節 古墳は語る
    三 王者の棺―石棺―にみる地域色
      卓越する刳抜式舟形石棺
 石棺には、身・蓋をそれぞれ一個の直方体の割石を刳り抜いて造る刳抜式石棺と、床石一個、小口石二個、長側石二個、蓋石一個の計六個の板石を組み合わせて造る組合式石棺とがある。刳抜式石棺を造る一個の割石の重さは約五トンであり、刳り抜いて造りあげると約一トンになることが、実際に小山谷古墳石棺(福井市)を製作してみたことから確認されている。このことからもわかるように刳抜式石棺を造りあげることは、組合式石棺を造りあげることより、はるかにたいへんな作業と時間が必要なのである。
 刳抜式石棺には、身・蓋の両横断面が竹を半截したように半円形をなす割竹形石棺、身は舟形をなし蓋は屋根形をなす舟形石棺、身は箱形をなし蓋は屋根形をなす家形石棺とがある。その年代は、割竹形石棺・舟形石棺・家形石棺の順に新しくなる。
 一方、組合式石棺には、直方体の箱形をなす箱形石棺、長持形をなす長持形石棺、家形をなす家形石棺、家形石棺の変形ともいうべき石屋形とがある。長持形石棺は五世紀代に、家形石棺は六世紀代に造られ、ともにヤマト政権の大王の棺として使用されている。石屋形は九州地方に多くみられるものである。
 越前の石棺は、刳抜式石棺が二三個、組合式石棺が五個で、刳抜式石棺が全体の約五分の四を占める。刳抜式石棺の内訳は、割竹形石棺四個、舟形石棺一八個、不明一個となり、約五分の四が舟形石棺であることがわかる。越前では舟形石棺が盛んに造られたのである。一方、組合式石棺の内訳は、箱形石棺三個、石屋形二個となっている。



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