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 第五章 転換期の福井県
   第三節 変貌する諸産業
    一 農業の近代化と兼業化
      「三ちゃん農業」
 こうした農業近代化と並行して、農業就業人口の減少、そして兼業化が急速に進んだ。一九六〇年(昭和三五)当時、一四万三〇〇〇人をこえた農業就業人口は六〇年代を通じて大幅に減少し続け、七〇年には一〇万人を割り込んだ(図60)。こうした激減は、六〇年代の高度経済成長期に福井県においても農業から他産業へ青壮年男子を中心にした労働力の大量の移動が生じたことを示している。たとえば新規学卒者の農業就業者数は、六〇年の九一五人から、六五年の二六一人、七〇年の一一九人へと激減し、二、三男のみならず「あととり」層までが他産業に流出することになった。また、農業就業人口の構成においても、青壮年男子の減少がめだち、たとえば六五年から七〇年にかけて、四〇歳未満男子の基幹的農業従事者数は、一万一〇七四人から七七二八人へと三割以上の減少を示した。
 農家人口も、六〇年の三六万六九八三人から七〇年の二九万四八二四人へと減少した。しかし、その減り方は就業人口よりも相対的に少ない(図60)。さらに、農家戸数では、六〇年の六万九一一三戸から七〇年六万九九九戸へと減り方はいっそう少ない(図61)。このことは、青壮年男子の労働力を大量に農外に排出しながら、農家は、老齢化し女性化していく労働力によって農業を続けていることを示すものにほかならない。事実、六〇歳以上の農業就業者数は、六五年から七〇年にかけて数および率の両方で増加した。また、農業就業人口の男女比は、六〇年の一対一・六から七〇年には一対一・八にまで増大したのである(『福井県の農林業』七〇年版)。
図60 農家人口と農業就業人口

図60 農家人口と農業就業人口
注) 『福井農林水産統計年報』による。


図61 専業・兼業別農家数

図61 専業・兼業別農家数
注) 『福井農林水産統計年報』による。
 こうして、いわゆる「三ちゃん農業」で農業部門を維持しながら、福井県の農家は以前にも増して兼業化の度合いを高めていった。すなわち、六〇年には一万七〇〇〇戸を数えた専業農家は七〇年には三一四二戸へと大幅に減少したのに対して、兼業農家のうち農外所得の方が多い第二種兼業農家が、六〇年の二万五七四八戸から七〇年の三万九三九六戸へと大幅に増大したのである(図61)。このように著しい兼業化を示すものの、福井県の農家の多くは離農して完全な非農家となることはなかった。六〇年に県農業会議が県下二五七〇戸の農家を対象に行った意向調査によれば、都市部への通勤が容易な地帯においても、離農志向は五・五%と非常に少なく、経営規模は現状維持で経営改善か兼業かによって所得増をめざすという志向が強く、また、自家農業の継承への強い志向が見出された(『福井新聞』61・9・30)。同様の結果は七〇年代に入っても見出されており(『福井新聞』72・3・3)、こうした志向が六〇年代を通じて福井県農家の離農への歯止めと兼業化に作用した面は少なくなかったとみることができよう。



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