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 第四章 高度産業社会への胎動
   第一節 県政と行財政整備
    二 財政危機と中央依存行財政の確立
      地方財政危機の進展
 一九五四年(昭和二九)の国の緊縮財政への転換は、地方税収入の停滞と中央への依存を強めていた地方団体の財政危機を顕在化させた。前出の表9596より歳入の変化をみると、県・市町村ともに、五五年度から五八年度の国庫支出金の伸びの停滞と、地方債起債の急速な縮減がみられる(ただし五六年度の市町村債の突出は後述する財政再建債の起債による)。地方交付税については、市町村では五四年度に大きく縮小した後その回復が緩慢であったのに対し、県では譲与税も含めると交付額の伸びは著しかった。県税収入も比較的伸びが大きかったことを考え合わせると、五四年度税制改正のさいの政府の意図は十分に達成されたといえる。また歳出について、表97(表97 福井県の歳出(1951〜60年度))98(表98 市町村の歳出(1951〜60年度))をみてみると、県では五五、五六年度、市町村では五五年度から五八年度の歳出が抑制されており、各費目もおおむね抑えられている。この時期の歳出のなかで唯一突出してふえているのは公債費である。四八年の震水災、五三年の風水害をはじめとする度重なる災害復旧事業のために、起債が著増したことの影響をまともにうけていることがわかる。
 福井県では、財政危機は県よりむしろ市町村において深刻なかたちで現われた。歳入繰上充用金の計上に示されているように、市町村財政は年々赤字の累増を招き、五三年度末決算では県下七市三一町村で赤字決算となった。自治体によっては資金繰りに苦しみ、銀行、農協などから短期借入を行ったり給与の分割払い・遅配によりやり繰りする所も現われた(『福井新聞』54・8・2、9・21、12・29、55・3・16、6・17)。こうした財政危機が発生した自治体側の要因には、自主財源収入の頭打ちや、中央への財源依存が強まったために逆に国庫補助単価安による超過負担の増加を招いたという、自治体としてはいかんともしがたい事情があったが、町村合併にともなう赤字の増幅も大きかった。すなわち、(1)合併の条件として各町村が学校整備や消防車の購入、災害復旧・土地改良などの公共土木事業の実施を要求したために新自治体の事業が拡大した、被合併町村の負債は新町村に引き継がれたが、ヤミ起債が多く、正確な負債額が合併後まで明らかとならなかった、被合併町村のなかには合併を目前にして放漫な財政運営を行うケースがみられた、などの理由によるものである(『福井新聞』55・6・17、19、23、9・6)。
 こうした地方財政危機の高まりを背景に、五五年の保守合同直後の第二三臨時国会で、「地方財政再建促進特別措置法」(地財法)が成立した。これにより、公営企業と国民健康保険会計以外の会計に実質的赤字のある地方自治体は、全部適用団体(財政再建債を発行して再建)、一部適用団体(財政再建債を発行せずに再建)、準用団体(五五年度以降に赤字を生じた自治体で地財法を準用)、自主再建団体(法の適用も準用もうけずに再建)に分けられ、とくに本法による財政再建を行う自治体は議会の議決を経て、おおむね八年間で財政均衡を達成する財政再建計画を定めて、自治庁長官の承認を得てその監督のもとに財政再建を行うことになった。財政再建団体は歳入不足と退職職員の手当の財源として財政再建債を起債することができ、財政再建債のうち公募債の利子が年三・五%をこえた場合、政府は一定の利子補給を行った。また政府は、治水、道路関連事業など国の負担金をともなう重要事業を指定事業として定め、再建期間中の毎年度の事業費総額が五二年度から五四年度の平均もしくは五四年度の総額のうち低い額の七五%以下となることを条件として、国の補助率を二割引き上げるという高率補助を実施し、財政再建のなかで重要な補助事業や直轄事業の維持をはかった(藤田武夫『現代日本地方財政史』中)。
 本法にもとづく財政再建団体は、五六年度末で五八八団体(府県一八、市一七〇、町村四〇〇)におよび、その後も準用団体、自主再建団体の申請・承認があいついだ(自治庁『地方財政再建の状況』)。



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