目次へ  前ページへ  次ページへ


 第一章 昭和恐慌から準戦時体制へ
   第一節 昭和初期の県政と行財政
    五 恐慌期の労働・農民運動
      恐慌期の県下三大争議
 第六回大会で路線転換した労働同志会は、翌一九三一年(昭和六)一月に関西大学を卒業した千田林作が常任の書記長になったころより、県下の労働争議を主導するようになる(司法省刑事局思想部『社会運動情勢』)。
 吉田郡森田村の辻久機業場の職工は同年三月一三日、労働同志会森田支部への加入を会社側に阻止されたことから同盟罷業に入った。同工場本社は京都にあり、森田村の二工場には約二〇〇名の職工が就労していた。罷業には男工四〇名と寄宿女工六〇名および通勤女工五〇名が参加し、労働同志会の支援をうけて争議団本部を結成、千田が争議の指揮をとった。さらに同村の一二の工場からも代表者三六名が本部に集合し、組合加盟の自由や労働条件改善など六項目の要求書を各工場主に提出、さらにはゼネストを計画するなどして争議を支援した。
写真4 辻久機業場争議の参加者

写真4 辻久機業場争議の参加者

 争議は長期化の様相を呈し、三月末には工場主側の切崩し工作に憤った争議団が工場閉鎖を行おうとして警官と衝突し、斎木重一同志会会長以下三〇数名の検束者を出すにいたった。こうした状況を打開するため、県警察部が調停に乗りだし、ようやく四月九日、職工側の多くの要求が実現するかたちで解決した。同日午後、争議団の解散式が行われたあと引き続いて労働同志会森田支部の発会式が行われ、福井県労働同志会が県下無産運動の「先頭部隊」であることを印象づけた(資12上 一七、一八、『大阪朝日新聞』31・4・1、11)。
 坂井郡春江村の西庄機業場で三二年四月一六日にはじまった争議は、四〇〇〇人以上の職工が機業に従事する同村での最初の本格的争議であり、共厚舎に団結する工場主側に大きな衝撃をあたえた。賃金五割引上げと労働条件の改善など九項目の要求が拒絶されると、同工場の職工二〇〇名のうち六〇数名が罷業に入った。恐慌のさなかではあったが、人絹織物業はいちはやく好況に転じていたにもかかわらず、賃金が不況時に引き下げられたままであったことが争議の原因であった。
 労働同志会は西庄争議を支援するとともに、「全春江機業職工大会」を開き争議の拡大をはかったが、工場主の団結も固かった。さらに、争議には団員七四〇名を擁し、福井市を中心に露店営業者約一〇〇〇名を統制し、「一種の暴力団体」とみなされていた坂本組が、従来から同志会の圧迫を試みていたこともあり、争議調停の名のもとに介入し、職工側にも鍬・鎌をもつ同村農民が支援し事態は緊迫した。しかし、同志会は譲歩し、坂本組の調停を受け入れ、四月二六日、他工場なみに賃金を引き上げることや食事改善などわずかの要求が認められただけで、従業員は就業することになった。そのうえ、調停成立のわずか半月後には、争議による犠牲者は出さないという調停条項が破られ、西庄機業場はわずかの手当で従業員を解雇したにもかかわらず、工場主側の団結の前に同志会の反撃力は弱かった(資12上 二〇〜二二、『福井勤労新聞』32・5・20)。
 一方、今立郡岡本村の製紙工場の争議は、三二年八月、うち続く製紙業の深刻な不況のなかでおこった。西野製紙場(従業員八一名)と信洋舎(同二二名)の従業員数名が、労働同志会岡本支部製紙従業員の名で、賃金引下げ反対と臨時休業時の日給支給などの要求書を両工場主に提出したところ、工場主側が要求拒絶と解雇をもって応じたため、両工場の大半の労働者が同月一〇日、罷業に入った。争議団は同志会本部などから多数の会員の応援をうけたが、工場主側も岡本商工会の強力な支援でいっさいの交渉を拒絶した。争議団側に小学児童の盟休や消防組辞職などがおこり、粟田部警察署が調停に乗りだそうとしたが商工会の反対で、争議は膠着状態となり、争議資金の逼迫や検挙者の続出で争議団は追い詰められていった。
 事態打開に窮した争議団は焦燥感をいだき、九月二〇日、団員の一人が、隣接する粟田部町の最大の織物工場であった日の出織物の煙突に登り、操業を不能に陥れようとし、他の八〇名も工場を襲撃し煙突を占拠しようとしたが、果たしえなかった。「北陸初の煙突男」と報じられたように、六〇時間の滞留はマスコミを騒がせ、同町には見物客をあてにした屋台までが出たが、争議自体は争議団側の敗北に終わった。
 検挙起訴された争議団の一四名は、翌三三年四月の判決で千田書記長の懲役七か月をはじめとして全員が有罪となった。一四名は抗告し、三四年三月の控訴審では全員が執行猶予となった。しかし、この争議および長期の裁判が、労働同志会にあたえた打撃は大きく、同会の争議指導力は大幅に低下し、またこれ以降県下の労働争議も個別単発的なものになっていく(資12上 二三、二四、『福井勤労新聞』34・3・25)。



目次へ  前ページへ  次ページへ