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 第一章 武家政権の成立と荘園a国衙領
   第三節 承久の乱後の越前a若狭
     二 守護の交替と荘園公領制の確立
      関東と若狭の浦々
 このころの関東は、全体として王朝の統治する西国には不干渉の姿勢をとっていたが、神人の動きについては例外的に厳しく、天福二年三月一日の追加法は、神人が「寄物a切物の沙汰」を好み、狼藉を行なうことを抑制している。負債a手形の取立てを実力で行ない、訴訟を請け負って独自に「決断」し、その執行には神の威をかりる西国の神人の動向に東国と異質な西国の動きを見て取り、それが幕府の基盤を脅かすことに対する深刻な警戒をそこにうかがうことができるが、実態は関東の意図どおりには動いていないようにみえる。
 先に日吉神人拒捍使宗俊とともに宮河荘に「濫妨」した山僧宗慶は、このころ宮河保地頭代を語らって大谷村a矢代浦を割き取ろうとして賀茂社司に訴えられ、天福二年十月八日に六波羅探題はこの狼藉を停止すべしとの御教書を発している(資2 座田文書三号)。ところが翌文暦二年(一二三五)になると、この宮河保地頭代と同一人とみられる同新保地頭代は、宗慶とは独自に、矢代浦の海人―賀茂社供祭人等を狩り使い、山畠の地子や日次御供の魚貝などを責め取った。その濫妨を止め子細があれば参決せよとの六月十三日の六波羅の命に対し、地頭代は閏六月十日に陳状を提出し、大谷村は前地頭のときから進止してきたと主張するとともに、矢代浦は関東から給わった「七ケ所浦」の一つであると強調したのである(同四a五号)。
 このころの宮河保a同新保の地頭職は宮内大輔重頼からその妻で源頼政の娘の二条院讃岐に譲られており、同年の六月十四日に、汲部浦刀則時a多烏浦刀武成a矢代浦刀重貞の連署による「讃岐尼御前御領宮河保内黒崎山預浦の事」についての詳細な注進が行なわれている点からみても(秦文書三号)、それは間違いないといえよう。おそらく讃岐尼は六月ごろに、この三か浦に阿納浦a志積浦などを加えた七か所の浦を関東から与えられたものと思われる。
写真23 遠敷郡志積浦

写真23 遠敷郡志積浦

 三か浦の刀の注進も、宮河新保地頭代の行動も、それにもとづく動きだったことは確実で、賀茂社との相論についても六波羅の法廷で本格的に争われることになり、宮河保地頭が関東にも訴えている点からみて、地頭側がその主張に自信をもっていたことは間違いない。結局、嘉禎三年九月十五日に六波羅は両者の参洛と対決を命じているが(資2 賀茂別雷神社文書二号)、この訴訟は建長のころまで長くあとを引くこととなった。
 当初この訴訟のきっかけをつくった山僧宗慶はそののち姿をみせないが、当初の宮河保地頭代との結びつきは、山僧と地頭との関係を厳しく抑制している幕府の方向に反していることは明らかで、宗慶が表に現われないのはそのためであろう。しかしこの訴訟にみられるような海辺の浦々に対する地頭の強い関心は、漁撈a製塩だけでなく、商業a金融a海運に対するその積極的な姿勢を示しており、それはやがて否応なしに神人a山僧などとの接触を強めていくことになる。
 また讃岐尼に与えられたという「七ケ所浦」に阿納浦a志積浦などが入っていたとすれば、これらは宮河保a同新保の領域を越えており、御賀尾浦がはるかに離れた倉見荘内になっているように、浦は田畠とは異なる扱いを受けていたとみることができる。
 文永の大田文の鎌倉末期の朱注によると、恒貞浦a友次浦a賀尾浦a阿納浦a志積田a能登浦a馬背竹波はすべて国領で、地主a地頭が税所となっている(ユ函一二)。これは平安末期の加賀の国衙が、浦々海人、津々とその海人、船所、勝載所、国梶取、国内船員、鮭漁河など、河海にかかわる人びとや機関を統轄していたように、若狭においても本来浦々は全体として国衙に直属しており、鎌倉期に入って守護が国務に関与するようになると、守護の掌握する税所が浦々の実質を押さえるようになったことを物語っている。関東による「七ケ所浦」の給与は、まさしくこの守護―税所の権限の発動であろう。
写真24 若狭国惣田数帳案(ユ函一二、部分)

写真24 若狭国惣田数帳案(ユ函一二、部分)

 ただ、このころ守護北条氏のもとで税所今富名の代官であった若狭忠季の後家若狭尼は、南北朝期の所伝によると「源兵庫頭頼政息女」で、御賀尾浦a常神浦を与えられたともいわれている(資8 大音正和家文書二七六号)。もしもこれらが事実ならば若狭尼と讃岐尼とは姉妹であり、若狭の浦々はこの時期、北条氏の力をも背景としてこの姉妹がその過半を押さえていたことになる。もとよりこれは推測にとどまるが、すでに十三世紀の前半、関東―北条氏が一方での神人a山僧に対する抑制にもかかわらず、他方で西国の浦々に深い関心をもっていたことは、これらの事実によって明らかといってよかろう。



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