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 第六章 若越中世社会の形成
   第三節 若越の荘園公領と地域社会
    二 若狭国における荘園公領制の成立
      若狭国の公領
 荘園の地域的な分布は、公領と対比すれば、いっそうその様相が明らかになると思われるので、ここで若狭国の公領の特色について考えてみたい。すでに述べたように、大田文の不輸田と応輸田を合わせたものが公領であるが、不輸田は応輸田の除田から寺田・神田・人給田・河成・不作を書き抜いたものなので、さしあたり応輸田として記載された六七所領を分析すれば十分である。公領六七所領は郷・保・名・浦・出作・加納・寺・社など、きわめて多様な名称でよばれているが、各所領ごとに定田と所当米が算出されているので、たがいに並列的な徴税領域であったことは疑いない。ただし、浦が独自の所領として扱われているのは珍しく、ここにも漁業や海民の活動が重視される若狭国の特殊性が認められる。
 ところで、これら六七所領には大田文の記載様式からみて二つのタイプがある。一つは郷型記載とよぶべきもので、その除田のうちに別名を含んでいるのが特徴である。いま一つは別名型記載とよぶべきもので、その田地全体にわたって、成立母体の所領名が明示されているのが特徴である。たとえば、六七所領の先頭にある青郷の除田には重国名・細工保・今富名・友次浦・妙法寺という五つの別名が含まれており(郷型記載)、これら別名はそれぞれ項を改めて記載され、その一つである重国名は青郷と青保を成立母体としていることが明示されているのである(別名型記載)。
 ちなみに、郷型記載であることが明らかなものには、青郷・佐分郷・富田郷・志万郷・西郷・東郷・三方郷と青保・鳥羽上保があり、別名型記載であることが明らかなものには、常満保・細工保・開発保・栗田保・太良保・松永保、重国名以下二七名、常貞浦以下五浦、妙法寺以下二寺、日吉社以下三社(宮)、その他三がある。このほか、大田文の記載では明らかでないが、本郷・耳西郷は郷型記載に、阿納浦・日向浦・丹生浦や加斗加納・三方新御供田などは別名型記載に入ると推定され、宮河保・新保・鳥羽下保はいずれか不明とされる(大山前掲書)。



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