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 第四章 律令制下の若越
   第二節 人びとのくらしと税
    三 人びとのくらし
      口分田の班給とその耕営形態
 律令制下においては班田収授制が実施され、六才になれば男子は二段、女子はその三分の二の口分田が国家から支給されることになっていた。令の規定によれば、そうした口分田はできるだけ居住地に近いところに支給するのを原則としており、郡内に口分田が不足する場合などに限ってのみ他郡で支給することになっていた。しかし、すべての人びとが居住地に近い場所に口分田を得ることは困難だったようであり、実際には離れた場所に支給される場合も少なくはなかったようである。
 図65 田宮・子見荘と坂井郡各郷との位置関係

図65 田宮・子見荘と坂井郡各郷との位置関係

 東大寺は越前国の各地に荘園を領有していたが、いくつかの荘園については、その四至内に百姓の口分田や墾田が含まれていたので、荘園の一円化をはかるため、天平神護二年(七六六)に近くに存在する寺領とそれらが相替(交換)されることになった。天平神護二年十月の「越前国司解」(寺四四)はこうした相替の状況を示した文書であり、そこには相替田の条里坪付と口分田受給者が詳細に記載されている。そのうち坂井郡の子見荘についてみると、この荘域内に口分田を支給されていた戸主は二二人で、彼らの本貫地は赤江郷・堀江郷・磯部郷・荒伯郷・高屋郷・粟田郷など坂井郡のほぼ全域にわたっていたことが知られる。田宮荘もほぼ同様である。このように両荘園の地には、多数の郷の戸主の口分田が入り組んだ形で支給されていたのだが、注目すべきは各戸主の本貫地と両荘園の距離である。両荘園と各郷推定地の位置関係は図65のとおりだが、子見荘と荒伯郷・磯部郷・粟田郷、あるいは田宮荘と堀江郷・海部郷との間には相当の距離があった。具体的には、粟田郷の戸主蘇宜部五百公は子見荘に二段八八歩の口分田を有するが、その間の距離は一〇キロメートル近くあると思われ、また磯部郷の戸主別広嶋は子見荘に三段二五七歩の口分田を支給されていたが、相替後の口分田はさらに北方の西北九条三里十二坪と同十一条三里三十六坪にあった。さらに、田宮荘においては敦賀郡の鹿蒜郷・質覇郷・伊部郷・津守郷・神戸郷の戸主八人が口分田を支給されている。このように坂井郡では本貫地からかなり離れた場所に口分田が支給される場合が多かったのだが、同様の事態は足羽郡の道守荘や糞置荘にもみられ、さらには大和国の「京北班田図」や山城国の「葛野郡班田図」でも遠隔地での口分田班給が確認されており、そうしたことは当時においては決して特殊な事態ではなかったのである。
 では、こうした本貫地から遠く離れた口分田はどのようにして耕作されたのであろうか。まず考えられるのは賃租であろう。賃租は田地を賃貸して耕作させるもので、賃料は地域によって異なるが、一般的には収穫の二割であった。令の規定では、貸借は一年を限度とし、国郡の許可を必要とした。こうした賃租は当時広く行われており、たとえば、宝亀四年(七七三)二月十四日付「太政官符」によると、播磨国飾磨郡では草上駅の駅戸の口分田を収公して四天王寺に献入したため、その代わりに隣郡に口分田が支給されたのだが、「その代田、比郡に遥授され、往作に便なく、衒売するも価少なし」と述べられており、それらの口分田は賃租に出されていたことが知られる。越前国でも東大寺領荘園の田地が賃租されていたことは周知のとおりであり、口分田の賃租も多くみられたと考えられる。田宮荘に存在した敦賀郡の人びとの口分田などは、おそらくはこうした賃租の形態をとっていたのではないだろうか。
 次に、当時の耕作は田植えや収穫などを除けば、かならずしも継続的に労働力を投入していたわけではなかったので、口分田が遠隔地にある場合には、田居や仮廬を作って春秋の農繁期だけ、そこで過ごすという方法も採られたのであろう。『万葉集』に「秋田刈る仮廬を作りわが居れば衣手寒く露そ置きにける」(一〇―二一七四)、「春霞たなびく田居に廬つきて秋田刈るまで思はしむらく」(一〇―二二五〇)とあるのは、こうした耕作形態をよんだものと思われる。
 ところが、こうした仮住居を用いての耕作が続くうちに、あるいは当初から、もとの居住地を離れて口分田の近くに定住することも多くあったと考えられる。『類聚三代格』大同四年(八〇九)九月十六日付「太政官符」はこうした状況を示すもので、そこでは畿外に口分田を給された京畿内の百姓について「郷邑を離れ去りて、田に就きて居住す」と述べられている。先述したように、当時は人びとの本貫地からの移動が少なくなく、山背国宇治郡加美郷や同葛野郡高田郷では、本貫地の異なる人びとが隣接して居住していたことが知られるのだが、こうした口分田の班給形態もあるいはその一因であったのかもしれない。



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