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 第一章 原始時代の社会と文化
   第一節 ふるさとのあけぼの
    四 古福井人の生活
      糞石
 数千年前からの排泄物である糞石は、近年注目され、各地の遺跡でその出土例も増加している。つまり、この資料がなぜ貴重かといえば、縄文人の実生活に迫ることのできる可能性を秘めた資料だからである。生活臭溢れる情報がこのなかには秘められている。鳥浜貝塚人の食事の献立・カロリーなどが判明し、さらに寄生虫の有無、健康状態まで探れるといわれる。いわば、「食の終着駅」ともいうべき宝石のような存在である。
 鳥浜貝塚では、昭和五十年の調査時に五五〇〇年前の大量の糞石の存在が明らかとなり、千浦美智子がカナダで学んだ成果を生かして、この一連の資料について積極的に取り組んだ。糞石の一点一点について、法量や特徴など詳細な観察結果の台帳を作成し、これらを分類して、ハジメ・シボリ・コロ・チビ・チョク・バナナ状と六種の愛称を考案した。炎天下、鳥浜貝塚の現場に積極的に参加し、約七年間この資料に取り組んだ千浦は、大変残念なことに、三四歳の若さでガンによって亡くなり、この研究はストップしたままである。
 同じ昭和五十年の調査に参加し、鳥浜貝塚の花粉分析に中心的な役割を果たした安田喜憲は、糞石の花粉分析を実施した。そして、そのなかの花粉の存在を明らかにし、食物や飲料水に混じって体内に吸収されたものにより、いわば落とし主の行動を探ることにまで迫った。最近の考古学と自然科学分野の共同研究で、きわめて注目に値するのは、残留脂肪酸分析であり、糞石研究でもこれまでの疑問や課題の解決にかなり明るい見通しが得られ、考古資料の分析が精力的に実施されてきた(中野益男「残留脂肪酸による古代復元」『新しい研究法は考古学になにをもたらしたか』)。残念なことに、これまで正式に鳥浜貝塚の糞石の分析は実施されていないが、里浜貝塚(宮城県鳴瀬町)の分析例などから糞石といっても人間とは限らず、家畜化していた犬のものがかなり混在していることがわかっている。そしてこの脂肪酸分析では、植物質の食事が主であったか動物質の食事が主であったのか、あるいは両者混在の食事であったのか推定が可能ということである。さらに、人間の糞石は、落とし主の性別、栄養状態や病気、下痢をしていたかなども推測が可能といわれる。
 全国の縄文遺跡から、時々パン状炭化物とかクッキー状炭化物が検出されることがある。なかでも、押出遺跡(山形県高畠町)の約五〇〇〇年前のクッキー状炭化物は、表面にきれいな模様が表現されて、発見当時は、縄文人のデコレーションケーキと騒がれたが、この資料のなかには、クリ・クルミといった木の実にシカ・イノシシの肉さらにその血や骨髄、野鳥の卵を加えたいわばハンバーグ状のものの存在が明らかにされた。そして、クリ・クルミを主体とした植物質のクッキー状のものも存在することが明らかにされた。さらに、X線解析によって、塩が添加され、どうやら野生の酵母まで加えられていた可能性があるということである。これまで、単純にクッキー状炭化物とよんでいたものは、「高度な加工食品であり、保存食としても良好、(中略)縄文人の食生活を見直す必要」(中野前掲論文)があるという段階にまで到達した。
 これら一連の分析結果は、鳥浜貝塚の糞石研究に大いなる朗報であり、生々しい縄文人の生活の一端を垣間みることが可能となってきた。鳥浜貝塚からは実に約三〇〇〇点もの糞石資料が検出されており大切に保存されてきた。これらに各種の科学の光を照らすことによって、彼らの生の情報をもたらしてくれることであろう。



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