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 第五章 転換期の福井県
   第二節 県民生活の変容
    二 三八豪雪と四〇・九風水害
      三八豪雪
 福井県を含む北陸地方は、世界的にも有数な多雪地帯である。これは、いわゆる「西高東低」の冬型の気圧配置にともない、上層の強い寒気と、シベリア寒気団の変質により昇温・湿潤化した下層大気との間に気層の不安定化が生じ、大きな上昇気流が発生することによる。一般に石川県輪島上空約五五〇〇メートルの気温がマイナス三五度(摂氏)以下になると、福井県でも豪雪が発生するといわれている。一九六三年(昭和三八)一月の「三八豪雪」は、大きな被害をもたらし、社会的機能もまた大きく損われた。交通機関をマヒさせ、産業活動や日常生活にさまざまな制約を加える「雪害」に対しては、積極的な克服が必要となったのである。
 政府は、総合的な防災行政の整備をはかるため、六一年に「災害対策基本法」を制定し、都道府県および市町村にそれぞれの防災会議を設けて、防災計画の作成・実施と災害時の応急対策にあたることを義務づけた。また六二年には、積雪のとくに多い地域の産業振興と民生の安定・向上をはかる目的で「豪雪地帯対策特別措置法」が施行されたが、具体的な実施段階にはなかったのである。
 六二年末よりまとまって降り出した雪は、翌六三年一月には本格的な大雪の様相を呈しはじめた。とくに一月中旬から下旬にかけての降雪は連続的であり、平年値を下回る気温と、二〇日間にわずか一一・四時間の日照時間という気象条件によって、そのほとんどが蓄積した。次々に降り積もる雪は、一月三一日ついに福井市で二一三センチメートルに達し、一八九七年(明治三〇)福井気象台創設以来の記録となった(図55)。また、翌二月一日には、敦賀市でも一五四センチメートルの最深積雪量を記録した。
図55 「38豪雪」の降雪・積雪量(福井市)

図55 「38豪雪」の降雪・積雪量(福井市)

 一月二五日ころから県内各地で家屋の倒壊が続出し、全・半壊戸数は一九八戸におよんだ。また、一月二四日には勝山市横倉で、また二六日には足羽郡美山村の篭谷・大谷間で表層なだれが発生し、県下で二五人もの命が失われた。国鉄北陸線や、京福・福鉄の私鉄がストップし、また国道八号をはじめ主要国県道が車両通行不能に陥り交通網は完全にマヒした。小・中学校では、一〇日あまりの間臨時休校や短縮授業の措置をとった。その後の降雪は断続的となり各地の積雪量はようやく減少にむかうものの、融雪によるなだれと床上・床下浸水が頻発した。同年三月の県雪害対策本部発表の被害状況によれば、一万六四〇九世帯、六万八三八七人が罹災し、物的損害総額は一七三億八三〇〇万円にものぼった。気象庁は二月一二日にこの豪雪を「昭和三八年一月豪雪」と命名した(福井県防災会議・福井地方気象台『北陸地方を襲った福井県豪雪調査概報』、福井市雪害対策本部『38・1豪雪資料記録』)。



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