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 第七章 若越の文学と仏教
   第一節 郷土と文学
    一 文字の普及
      県内墨書土器の特徴
 福井県で出土した墨書土器についてすでに示したもの以外も含めて主要なものを内容別に分類したのが表52であるが、字句の分類はあくまで便宜的なものである。というのも、一つには読みとられた文字が一、二字のみのものが多く、その意味が正確に理解できるとは限らないこと、次に解読や個数の把握が完全とはいえないこと、などの事情があるからである。たとえば「人長」「大」などは人名かもしれないし、数字の項に入れた「万」などは吉祥語の可能性もあろう。
 全国的な動向を各府県ごとには把握できないので、ここでは東国の集落遺跡(石川県小松市浄水寺遺跡を含む)との対比を試みたい。東国の集落遺跡出土の墨書土器の特色として、冨・吉・得・福・生・加・財・万・人・大・田・西・立・力・天・来・集・合・足の一九種の文字が組合せの主流をなしていること、「立合」などを合わせて一文字とするような字体が少なくないこと、則天文字「」「」のような特殊な字形がしばしばみられること、「冨来」「大吉」「加福」など吉祥を願う語の使用例が多いこと、などの指摘がある(平川南「墨書土器とその字形」『国立歴史民俗博物館研究報告』三五)。これらの諸点から「集落遺跡の墨書土器は古代の村落内の神仏に対する祭祀・儀礼形態をものがたる側面が強く、必ずしも、墨書土器が文字の普及のバロメーターとはなりえないのではないか」ともいわれている(平川前掲論文)。
 ところが県内で出土した墨書土器からは次のような傾向が看取される。
(1)人名を示す字句が比較的多く、ほぼ三分の一を占める。
(2)何らかの意味で官衙と関係あることを明確に示す墨書土器として丹生郷遺跡の「丹生郷長」、田名遺跡の「厨□」「大膳」、また田名遺跡の北東約一・五キロメートルの地点で発見された「郡厨」などがあるが、その数はそれほど多くはない。
(3)吉祥語とみられる字句が比較的少ない。
(4)合字や則天文字はほとんどみられず、おおむね行書で書かれ達筆が多い。
(5)東国(石川県を含む)で主流をなした一九文字のうち、「得」「財」「立」「力」「天」「来」「集」「合」の八文字は福井県からはみいだされていない。比較的多いのは「家」「長」「黒」などである。
 以上により、県内の墨書土器については、人名が相当大きな比率を占めていること、職名・舎屋名・地名なども識別的役割を果たしていることを考えれば、墨書土器の存在はやはり文字普及のバロメーターであると考えざるをえない。これが地域的特色を示すものか、あるいは県内の墨書土器出土遺跡の大部分が純然たる集落遺跡とはいいがたいことによっているかは明らかではない。県内の墨書土器の個数はいまだ五〇〇に満たず、全国的にみてさして多いとはいえない。したがって今後発見個数が増加していけば、また新しい傾向がみられるかもしれず、今後の研究の発展を見守っていきたい。

表52 県内出土墨書土器にみえる記載文字の分類

表52 県内出土墨書土器にみえる記載文字の分類
 



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