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 第四章 律令制下の若越
   第三節 都につながる北陸道
    一 官道の役割
      伝馬の制
 伝馬の制についてはどうであったであろうか。天平五年(七三三)の「越前国郡稲帳」には、次のようなかなり具体的な記事がある(写真67)。
 a検舶使従六位上弟国若麻呂 四剋伝符一枚 食料稲六束四把 塩三合二勺
  酒四升<一人別稲四把 塩二勺 酒一升 三人別稲四把 塩二勺>
  敦賀丹生二箇郡各経二箇日食料 稲三束二把 塩一合六勺 酒二升
 b赴新任所能登国史生少初位上大市首国勝 一〇剋七封伝符一枚 食料 稲七束二把
  塩三合六勺 酒六升 <一人別稲四把 塩二勺 酒一升 二人別稲四把 塩二勺>
  敦賀丹生足羽坂井江沼加賀六箇郡各経一箇日食料 稲一束二把 塩六勺 酒一升
写真67 「越前国郡稲帳」(公3)

写真67 「越前国郡稲帳」(公3)

 まずaでは、検舶使従六位上弟国若麻呂一行四人が、敦賀・丹生郡を二日かかって越前国府にやってきたが、その時に使えた伝馬の数は四剋の伝符から四疋であった。帰りの二日を加えた食料は、稲六束四把・塩三合二勺と酒四升で郡稲から支出された。同じようにbでは、能登国史生になった少初位上大市首国勝は天平四年に任地へ向かった時、越前国の敦賀・丹生・足羽・坂井・江沼・加賀郡を通過したが、七剋分封をした一〇剋の伝符を持っていたので使用した伝馬は三疋であった。通過に要した日数は六日で、一行三人の食料として稲七束二把・塩三合六勺・酒六升支出している。酒は弟国若麻呂と大市首国勝だけに一日一升与えられ、随行した者には支給されていない。
 厩牧令の規定によると、伝馬は郡ごとに五疋の官馬を置くことが定められた。しかし、『延喜式』諸国駅伝馬条をみる限りにおいては、規定どおり郡ごとに伝馬五疋を備えてはいなかった。若狭国三郡、越前国の今立・大野二郡、山陽道・南海道には伝馬が記されていない。越後国古志郡の伝馬は八疋、近江国栗太郡は一〇疋、筑前国御笠郡は一五疋で厩牧令の規定とは異なっていた。令の規定と『延喜式』の編纂とではおおよそ二〇〇年の隔たりがあって、実状にあった伝馬制に改正されたからであろう。伝馬には軍団の官馬を用意したが、官馬がないときには郡稲で買い揃える規定であった。駅伝馬については毎年国司が乗馬に堪えうるかどうかを調査し、必要な匹数を揃えておくため買替を命じていた。伝馬の場合は駅馬より稲五〇束少ない値段であった。「越前国郡稲帳」には不用馬一疋五〇束、死馬皮八張八〇束を収入として挙げているが、この文書は断簡であるので馬を買い入れたかどうかについては定かでない。伝馬の制では、駅馬の制の駅戸や駅子にあたる伝戸・伝子(伝馬子・伝馬丁)が置かれ、伝馬の飼養や伝子を出す伝戸には、家が富み複数の丁のいる家があてられ、伝戸の雑徭は免ぜられた。駅長にあたる伝馬長は伝戸のなかから適任者が任用されたが、伝馬の運営には郡司があたった。伝馬は国司の赴任や罪人の移送などに充てられた。駅馬の制と比べて急を要しない伝達・報告や人の移動にあたったのである。伝馬を利用できる伝使は、駅馬利用の時に準じて伝馬使用の証明書にあたる「伝符」が必要であった。初位以下は伝符三剋、八位以上は四剋、五位は一〇剋というように位階に応じて定められていた。大市首国勝は少初位上であるから伝符は三剋でなければならないが、どのような都合であったのか一〇剋の伝符が支給されたのであった。だから七剋に封されていたのであろう。天平十八年、越中守に任じられた大伴家持は従五位下であったから一〇剋の伝符が与えられ、伝馬を乗り継いで越中へ下向したのであろうから一〇匹の馬が必要であった。しかし、規定では北陸道各郡の伝馬は五疋であって、常備の馬数では当然足りない。その足りない分は、近隣の百姓馬が雑徭として徴発されたと考えられる。しかし、新任国司が任地に赴く際、すべての国司に伝馬と食料が支給されたのではなかった。神亀三年(七二六)八月三十日の太政官処分によると、陸路の場合食料・馬ともに支給しない国は伊賀国など六か国、食料は支給するが馬は支給しない国は若狭・越前国など一二か国、食料も馬も支給する国はその他の国と規定している。伝使には公の経費で食料などを支給することになっていた。「越前国郡稲帳」によると、天平四年に新任大目従七位上中臣高良比新羅に、日別稲一束七把で五一日分が支出されている。また、太政官からの文書が一〇通もたらされ、延べ一〇人の食料、出羽国が進上した馬五疋が越前国を通過するのに要した九日間の秣料、越前国から京に向かった相撲人三人の食料が支出経費のなかに記されている。このことから、これらは伝馬を利用したものと考えてよいであろう。なお、天平六年から郡稲を国の正税に混合したので、その後の支出は国の正税帳に記載されることになった。



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