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 第二章 若越地域の形成
   第四節 ヤマト勢力の浸透
    三 ミヤケと部民
      部民とは何か
 部民については、とくに一九三〇年代以来数多くの研究の蓄積があり、それぞれ視点の相違があるため、これを一元的に理解することは決して容易ではない。しかしごく大要を示せば、以下のようにいえるであろう。
 すなわち部民の研究の前提には、日本の歴史は特殊な「国体」のもとにあって世界史の流れとは無縁なものであったとみるのではなく、国際的な共通の土俵の上で考える必要があるという視点が生じたことであった。その視点は、世界文明の出発点になった奴隷制社会のしくみを、日本古代についても検討してみよう、というところにつながった。当然、その社会の生産の基礎をなす労働を担ったものとして着目されたのは奴婢であったが、その数は日本古代には意外に少なく、そのかわり広くかつ固有に存在したのは部民である。ここに部民が注目され、その研究は出発した。部民による労働や負担の仕方は、少数とはいえ奴婢のそれに規定されたものであったとみる説も有力であったが、一方、各種の部民の労働による生産物の貢納が権力を支えるのが、むしろ社会の基本的なしくみであった、という見解も出された。しかし、この論争は、戦前においては学問・思想の抑圧のため十分に展開せず、昭和二十年(一九四五)以後のいわゆる戦後にひきつがれて古代史学界の主要課題の一つとなった。そして、部民は、労働奴隷として使われた奴婢を補う役割をはたした人びとというより、封建的な小作制に先だつコロナート(古代的小作)たちであったとしても理解されるようになった。さらに、共同体の人びとがまるごと支配・隷属関係のもとにとり込まれたものとする、より有力な見解が生まれた。
 そして、具体的には、多様に支配された部民は、かれらの労働の仕方からいえば、農業部民(ミヤケの田部など)と手工業部民あるいは職業部民(鍛冶部・陶部など)とに、また負担の仕方からいえば、各地にあって指定された生産物を納めた貢納型部民(農業部民、手工業部民あるいは職業部民)と宮廷へ交替で出仕した上番型部民(舎人部・久米部などと、宮廷工房へ上番した手工業部民あるいは職業部民の一部とがあった)とに、類型だてして理解されることになった。さらに、各地の人びとが部民に指定されるときには、集団(とくに共同体)単位によるもの(名代・子代の民としての穴穂部や、あるいは海部など)と、個別(個人やその家族、あるいは複数家族)単位によるもの(漢織部や語部など)とがあったことも解明されていった。
 要は、部民は、大王ないしヤマト朝廷がその必要とする物資や労役を確保するために、地域ごとの実情に応じてととのえられる条件のもとで逐次かつ随時に、大王の名によって、指定・編成されていったものであった。
 こうした研究成果のうえに、七〇年代以降になると、部民の研究の主流は、部民の所有者あるいは管掌者への隷属の性質には歴史的にどういう特徴があるか、ということにうつった。ここでは、とくに、部民のうちには豪族私有民もあったとみる旧来の通説が批判された。また、「部」の称は、生産物をととのえ、貢納させるための労働編成や力役の徴発の仕方の組織づけによったとみるよりも、カバネ(姓)の一種であるとみる説が出された。その結果、現在では、名代・子代(白髪部・額田部など)は、大王や王族への直接的な隷属民であり、かれらの大和の王宮を維持するために上番勤務し労働力を提供したトモを送らされた集団であったとし、そのトモの出身の在地集団は大王・王族やトモの費用を負担し調備して送った、とされる。こうした理解を軸にして、かつて豪族の私有民とみられてきた部曲(大伴部・蘇我部など)も、実は大王じしんに隷属した「王民」とみるべきであり、大王やヤマト朝廷の容認のもとに諸豪族が分割支配ないし管理したもの、とみられるに至っている。このうちには、軍事に深くかかわる氏の部民(佐伯部・丸部など)も含まれ、また、大王の親衛隊的な役割をつとめ、いわゆる宮城十二門の門号を称する氏の部民(伊福部・犬養部など)も少なくない。かつて手工業部民のこととも理解された品部という言葉は、あらゆる部民の総称とされるようになったのも、以上のような理解に対応してのことである。
 しかし、「部」の称を、のちの律令制下においてはともかく、早い段階からカバネの一種であるとみる見解は如何だろうか。品部を部民の総称とみることとも関連して、各種の部それぞれの特殊性を理解するのを妨げることになるのではないだろうか。つまり、部民のうち、手工業生産物を貢納したもの(玉作部・弓削部など)、統治機構にかかわったもの(史部〈戸〉・財部など)は、かつて地域首長が実現していた各地の原初的な統治機構を推考するのに、きわめて重要な手がかりを示しているからである。



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