古河家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
X0570
資料群名
古河家文書
地域(近世,行政村,現在)
遠敷郡下竹原村,西津村下竹原,小浜市下竹原
資料の年代
1666年(寛文6)~1977年(昭和52)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
下竹原(しもだわら)村は西を小浜湾に面して位置する。元は竹原村にあったが、1601年(慶長6)、京極高次による小浜城築城の際現在地に移転させられたもので、竹原村から分離したということで下竹原と称される。小浜藩領。
古河家は代々嘉太夫を称し、江戸時代後期において小浜第一の廻船業者であった。もとは石野姓を名乗り、下竹原で漁業を営んでいたが、のち小浜の廻船問屋古河屋久右衛門家に船頭として雇われ、教俊(1678-1764)の代の1727年(享保12)に独立して廻船業を始めた。最盛期には船9艘を所有する北前船主として活躍する一方、安定した商売として醸造業も営んだ。
寛政年間(1789-1801年)以降は多額の調達金・上納金を納めた見返りに扶持米をうけ、1799年には米手形会所の頭取となるなど、藩の領主財政にも深く関与したが、度重なる調達金のため資産の増加は停滞し、戊辰戦争に際しては藩の出兵費用を捻出するためすべての持ち船を売却することになった。1870年(明治3)、商船3艘を購入し、教典(1809-79)の子・教成(1843-83)の弟勘三郎(1853-10)を支配人として廻船業を再開したが、80年には船を売却、廻船業から撤退した。
資料群の概要
当家の資料群は主として(1)廻船関係、(2)酒造業関係、(3)古河家の私文書などである。
(1)では「店おろし勘定帳」が1775年(安永4)から1859年(安政6)までよく揃っており、古河屋の資産蓄積・経営状況などがよく分かる。また、商品の仕入れに必要な各地の湊における相場表が多数ある。さらには本家と久太夫家(出店)・久右衛門家(新町)・今町(三嶋孫右衛門家)が一緒に店おろし勘定を行い、「身上わけ」を行わないことや、古河屋の経営方針などが示される。
(2)には「小浜藩酒株覚」で酒造仲間が分かるほか、酒造に必要な道具類、酒造米の価格に関するものがある。
(3)は借用書・売券類、無尽関係、各種の書状、調達金関係などの他、初老・還暦・古希等の祝儀帳、子供の疱瘡見舞帳などがみられる。疱瘡見舞には現金や米等はほとんどなく、鯛、人形、落雁などが贈られていて興味深い。
なお、調査カードには既に作成されていた目録が貼付されていた(作成者は不明)ので、それに準じて目録を作成した。したがって一括資料もそのままとした場合がある。また、フィルムのターゲット番号が内容ごとに分類されていたので、目録の先頭にもその番号を付し、文書番号は複製本の配列順にした。
利用条件
閲覧できない資料あり。
県史収載
資料編9 P.508-523 9点、通史編4 P.49・P.53・P.55・P.83・P.85・P.103・P.389・P.450・P.452・P.459-461・P.478・P.483・P.507・P.754・P.755・P.847・P.919・P.926
県史以外の収載
『小浜市史』、小葉田淳「近世、若狭の北前船-西津の古河屋嘉太夫の場合-」『日本海海運史の研究』、古河嘉雄『海商古河屋-北前船の航跡-』、新井建一「近世期における廻船業資本の経営動向」『幕藩制から近代へ』
複製本番号
X0772~X0852
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。