上村治左衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
X0008
資料群名
上村治左衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡石徹白村,福井県大野郡下穴馬村石徹白,岐阜県郡上市白鳥町石徹白
資料の年代
1474年(文明6)~1848年(嘉永1)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
石徹白村は九頭竜川の支流石徹白川の奥筋に位置する。当村は越前国にあり(1958年福井県下から岐阜県下へ移る)、平安時代後半より盛んとなった白山信仰のなかで整えられた白山三馬場の1つである美濃馬場(長滝寺)からの白山登拝の道筋中にあたる宿(遙拝所)の1つとして、美濃馬場の中居の地と呼ばれ、栄えてきた。また、当村は500余石で白山下ノ神社領の1つとして郡上藩に預けられてきた。
この社領は神頭職杉本左近が代々支配し、社人100余人も支配してきたが、1752年(宝暦2)白川家(両部神道)派の杉本に対して吉田家(唯一神道)派の神主上村豊前の対立が顕在化し、1758年(宝暦8)に郡上藩での百姓一揆とともに幕府評定所で処断され、金森氏改易の要因となった。
資料群の概要
撮影した文書は、山・田地売券、地境証文、借用証文、算用状、借用にからむ譜代下人・娘渡証文、奉行所からの達類、石徹白神楽司と社人との済口証文、金森騒動による金森兵部少輔(頼錦)への裁許状などである。
否撮文書カ-ドは27点あり、そのおもなものとして、1640年代末(慶安初年ごろ)の質入証文、借用証文、の他は1548年(天文17)の宿坊証文、1574年(天正2)の信鏡証状、年未詳の朝倉義景書状、織田信長朱印状、修理亮書状、遠藤氏書状、その他書状類がある。
利用条件
 
県史収載
 
県史以外の収載
『白鳥町史』『岐阜県史』
複製本番号
X0054
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。