岩崎左近家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
Q0064
資料群名
岩崎左近家文書
地域(近世,行政村,現在)
大飯郡三森村,佐分利村三森,おおい町三森(大飯町)
資料の年代
1659年(万治2)~1910年(明治43)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
三森村は佐分利川上流左岸に位置する山村で、村名は新鞍の森、日尻の森、奥居恵野の森と三つの森があったことに由来すると伝えられている。村高は「正保郷帳」「元禄郷帳」で196石余、「天保郷帳」で197石余。
岩崎家は左近を称し、三森村の庄屋を務めた。
2003年4月当館に寄贈。
資料群の概要
調査・撮影資料の点数は154点で、うち96点は一紙ものではあるが4冊に綴られ、それぞれ「地券買請証綴、「諸願書案文綴」・「諸事心得書綴」・「奉職拝命綴」という題名がつけられている。「地券買請証綴」には山証文や地券書換願書、「諸願書案文綴」には山論や神社についての願書や鉄砲改・宗門改・村送り状など、「諸事心得書綴」には教訓や漢詩など、「奉職拝命綴」には戸長などの役職の辞令や当選状などがそれぞれ綴られている。また、長帳類も貸金帳類5冊で1綴、取立帳類7冊で1綴となっており、岩崎家が文書をきちんと整理していた様子がうかがえる。
「諸願書案文綴」には野尻銅山から流出した悪水により佐分利川の鮭や鮎が不漁になったことによる、1773年(安永2)の運上延納願1点が綴られており、資料編に収載されている。野尻銅山は60年(宝暦10)小浜藩により開かれたが、煙害や悪水により桐油や田畑に多大の被害をもたらしたため、71年(明和8)休山となった。本文書は休山後も被害がなお続いていたことを示している。なお野尻銅山については資料編9所収の荒木新輔家文書(Q0063)、村松喜太夫家文書(Q0001)、渡辺源右衛門家文書(Q0067)も参照されたい。
その他の資料として「三森村名寄帳」など近世の帳面類が3冊、「戸籍統計表写」などの近代の帳面類8冊、明治期の地券、教科書類や和歌集、三森村の絵図がある。
利用条件
 
県史収載
資料編9 P.1042 1点
県史以外の収載
 
複製本番号
Q0388、Q0530~Q0536
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
文書館に事前にお問い合わせください。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。