河内区有文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
P0059
資料群名
河内区有文書
地域(近世,行政村,現在)
遠敷郡河内村,熊川村河内,若狭町河内(上中町)
資料の年代
1713年(正徳3)~1978年(昭和53)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
河内村は北川の支流河内川流域に位置する。小浜藩領。村高は「正保郷帳」「元禄郷帳」ともに102石余、「天保郷帳」で109石余。田地がない土地であるので、鞍骨などを製作し、全国に販売して生活していた。
1972年(昭和47)から河内川ダム事業計画があり、もともと村があった場所は全戸立ち退いて、河内区としては河内川下流に寺院を含め4軒が残っている。
資料群の概要
撮影点数は21点。内訳は近世文書14点、近代文書7点である。
近世文書では(1)山論、(2)産業関係などがある。
(1)は隣村熊川村との山論で、1713年(正徳3)および69年(明和6)に発生している。河内村が持山と主張するのに対し熊川村は入会山であるとし、結局河内区の持山ではないが、木葉切落や積置場は河内の畑の邪魔にならぬようにすべきという裁定となった。この争論から両村は大正期まで疎遠になっていたようである。
(2)では1834年(天保5)の「鷹司家館入ニ付願書」がある。これによれば当村は平安京造営頃から農具や鞍骨を製作し、恩賞として村の開発住居を許され、古来より「御朱印之職人」と言い伝えられており、鷹司家に鞍などを献上して出入りを許可されるまでの経緯が記されている。また、小浜町の商人が鞍骨を製作するようになって村の存続に関わる問題だとしてその差し止めを願う願書があり、それに付随して村の由来や鷹司家への献上物の覚などがある。
近代文書では前述の熊川村との約定書、1874年(明治7)に起こった大火関係などがある。
否撮カードは50枚、いずれも近代のもので、山林関係の台帳類、戦後の水害関係書類など。
利用条件
 
県史収載
資料編9 P.781-784 2点
県史以外の収載
 
複製本番号
P0277~P0278
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。