中ノ畑区有文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
O0536
資料群名
中ノ畑区有文書
地域(近世,行政村,現在)
遠敷郡上根来村,遠敷村中ノ畑,小浜市中ノ畑
資料の年代
1588年(天正16)~1942年(昭和17)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
中ノ畑村は遠敷谷の南端に位置し、「正保郷帳」などでは上根来村に含まれ、独立村としては扱われていない。しかし、集落は江戸時代から明確に分かれ、1588年(天正16)の名寄帳や1631年(寛永8)の年貢小物成目録によれば実質的には独立村として扱われていたようである。村高は25石余。小浜藩領。1874年(明治7)に上根来村から分村して独立している。
資料群の概要
当区有文書は中世文書2点を含み近世文書100点余、近代文書45点である。
中世文書は1588年(天正16)の「上根来之内中畑村名寄帳」がある。
近世文書約100点は(1)貢租、(2)村方、(3)山論、(4)救恤、(5)売券・借用証文、(6)その他に分類される。
(1)は年貢免状など。
(2)には1770年(明和7)の「乍恐奉願上口上之覚」など、中ノ畑村の炭焼を中心とした山稼の様子を示す文書がある。また、1864年(元治1)の「乍恐奉再願口上之覚」は、倹約の一環として神事能を隔年にすることを願い出たものであるが、当時の村々での能のあり方を知る上で貴重なものである。
(3)には「かうしかり谷」をめぐる上根来村との争論がある。1624年(寛永1)、中ノ畑村は口上書で入会地であるかうしかり谷における上根来村の不法について訴えた。こうしてはじまった紛争は近隣の村の有力者の斡旋によって一応和解したが、争論は蒸し返され、訴え・和解が繰り返された。1800年(寛政12)には上根来村に内通する者を追放するという「傘連判状」が作成された。また67年(慶応3)にも同様の連判状が作成され、村の結束を強めた。
近代文書は多くが明治期の上根来村との山論に関するものである。1878年(明治11)、地租改正の丈量にさいし、「かうしかり谷」をめぐる上根来村との争論が蒸し返された。この時も中ノ畑村では傘連判状が作成された。これは上根来村が訴訟して裁判となり、大阪控訴裁判所で中ノ畑村の敗訴となったので、82年大審院に上告したが、費用が莫大で払えず、金主を探し惣借とした。92年にもこの再審訴訟の対応について傘連判状が作成されている。この間の訴状・上告状や裁決書など裁判に関する文書がある。その他、明治期の年貢免状・年貢米取調帳や地券・地価取調帳などがある。
利用条件
 
県史収載
資料編9 P.439-441 3点、通史編3 P.325・410・412
県史以外の収載
『小浜市史』
複製本番号
O0926~O0935
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。