神宮寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
O0125
資料群名
神宮寺文書
地域(近世,行政村,現在)
遠敷郡神宮寺村,遠敷村神宮寺,小浜市神宮寺
資料の年代
1249年(建長1)~1960年(昭和35)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
神宮寺村は北川支流遠敷川中流左岸に位置する。小浜藩領。村高は「正保郷帳」では83石余、「元禄郷帳」では88石余、「天保郷帳」では92石余。地名の由来は、若狭彦・若狭姫両神の神宮寺が置かれ、寺院名がそのまま村名になったとみられる。
神宮寺は天台宗寺院、山号は霊応山。近世までは若狭彦・若狭姫神社の神宮寺であった。1546年(天文15)の当寺縁起によれば714年(和銅7)、元正天皇の勅願で滑元の創建と伝える。最初神願寺と称したが、のち神宮寺と改称した。
毎年3月2日には根来川の鵜瀬の淵で当寺住僧による奈良東大寺二月堂への送水神事(お水送り)が行われている。
資料群の概要
当寺の文書数は610点。うち、約60点が中世文書であり、巻子に仕立てられている。
中世文書はほとんどが寺領に関する寄進状・安堵状である。1249年(建長1)の藤原光範寺地寄進状では「神宮寺四至領」が定められ、境内での殺生が禁止された。1457年(康正3)の神宮寺寺領目録案によれば田3町4反、畠2反の他国分寺熊丸名・一宮増福名の2名が記され、室町幕府の安堵を受けている。戦国期には武田氏・朝倉氏に保護され、武田氏の安堵状・朝倉氏の禁制なども残存する。
近世文書は(1)寺領関係、(2)書状類、(3)普請関係、(4)通、(5)寺日記、(6)経典類、(7)その他がある。
(1)では京極氏・酒井氏藩主代々の寄進状・諸役免許状がある。京極氏からは灯明料5石が寄進され、酒井氏からも諸役免許、さらには普請料も下付されていた。
(2)は年始・寒中・暑中の挨拶状や献上物への礼状のほか、藩主の病気平癒・武運長久を願う祈祷に関わるもの、毎年夏恒例であったと思われる大般若経虫干しの為の来訪を促す書状類がある。
(3)は建物の修繕料の上乗せや、藩財政事情悪化のため返納を申し出たもの、費用捻出のための無尽許可願などがある。
(6)は破損と部分撮影(おおむね最初と最後のみ撮影)のため、内容の把握は困難である。
(7)には藩主就任後間もなく城内で下付された藩主の名と生年の書付がある。これをみると藩主が年少の場合、表向き(寛政重修諸家譜などに記される)の生年・続柄と実年齢・続柄が異なる場合があることがわかる。 例えば酒井忠貫は1752年(宝暦2)生まれ、62年藩主就任だが、表向きはその年数えで16歳(47年生まれ)となっている。
近代文書は10点余、送籍状・土地売券・神宮寺村戸長役場達・酒井家編年史料・福井県史編纂のための借用願、東大史料編纂所からの礼状など。
否撮カードはない。
利用条件
目録のみ公開。ただし東大の影写本等ですでに公開されているものは閲覧可。したがって資料編掲載文書については、閲覧可。
論文などで史料引用の際には許可を得ること。
県史収載
資料編9 P.306-328 65点、資料編14 P.95、通史編1 P.25・P.871-873、通史編2 P.136・P.137・P.165・P.215・P.246-248・P.250-252・P.259・P.317・P.366・P.544・P.635・P.686・P.691-694・P.696・P.702・P.703・P.725・P.726・P.728・P.811・P.868・P.923-926・P.929・P.932・P.933・P.957・P.969・P.972・P.1030・P.1076、通史編3 P.661、通史編4 P.478・P.569・P.919
県史以外の収載
『小浜市史』『若狭遠敷郡誌』『越前若狭古文書選』『神宮寺文書選』
複製本番号
O2500~O2523
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。