長英寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
O0101
資料群名
長英寺文書
地域(近世,行政村,現在)
遠敷郡太良庄村,国富村太良庄,小浜市太良庄
資料の年代
1343年(康永2)~1438年(永享10)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
太良庄村は太良・太良庄の二つの集落からなり、南を除き三方を山に囲まれ、南に緩く傾斜して北川へと平野部が広がる。村高は正保郷帳では973石1升9合、天保郷帳では984石6斗7升3合とあり、うち山王社(日枝神社)領5石とある。家数は1667年(寛文7)に112軒であった。
長英寺は山号泰雲山、曹洞宗の寺院である。近世酒井家菩提寺の空印寺一世良白が、隠居所として与えられた大飯郡万願寺と、太良荘内にあった意足寺の地を交換して、新たに長英寺を建てたという。山号泰雲は京極高次の、寺号長英は酒井忠勝の法名にちなんでいる。
資料群の概要
調査文書3点はいずれも中世文書で、1989年に新たに発見された。これらはいずれも東寺領太良荘関係の文書で、1343年(康永2)の東寺政所百姓職補任状・75年(永和1)の東寺政所名主職補任状はいずれも時沢名に関する東寺の補任状である。時沢名は東寺百合文書によれば34年(建武1)から有力農民実円と地頭代脇袋国治が争い、39年(暦応2)公文紀六郎願成・子亀鶴丸に与えられた。前記の文書は実円はその後の訴えによって半名を獲得していることを示す。しかし間もなく西願・法願親子がこの半名を要求したため、実円は48年(貞和4)から彼らと争うことになった。
利用条件
 
県史収載
資料編9 P.397-399 3点、通史編2 P.383・P.556
県史以外の収載
『小浜市史』
複製本番号
O1321
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。