小浜市立図書館(桑村家旧蔵)文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
O0088
資料群名
小浜市立図書館(桑村家旧蔵)文書
地域(近世,行政村,現在)
小浜町,小浜町,小浜市
資料の年代
1561年(永禄4)~1917年(大正6)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
桑村家は、7代謙庵の記した願書案によれば、武田氏に仕え、1564年(永禄7)には感状を下付された九郎右衛門玄作を祖とし、以後2代彦一宗作は丹羽家代官、3代次郎兵衛謙庵は京極家船役を務めており、明治期まで和田通船に関わっている。また4代・5代の謙庵・知碩は名医として知られたようである。
資料群の概要
当家の中世文書は約20点で、(1)桑村家の特権の根拠となる免許状類、(2)算用状類が大半を占める。
(1)には1583年(天正11)の丹羽長秀知行宛行状があり、藤嶋(越前)250石の支配が認められている。ただし、この文書は宛名が欠けているので、桑村氏との関係は明確でない。また88年の浅野久三郎判物、89年の八嶋久右衛門判物写によって和田通船の船賃を徴収する権利が、89年の浅野久三郎馬役免許状によって馬役の免除が認められ、93年(文禄2)の丹羽一良地子諸役免許状では武田氏以来の種々の特権があらためて認められている。なお、屋敷・馬役・一艘分の船役免除は京極氏・酒井氏にも引き継がれ代々の領主が免許状を発行している。(2)は領主木下勝俊の代官所年貢算用に関わるもので、蔵米・塩年貢などの算用状がある。
近世文書は(1)家格関係、(2)築城関係、(3)和田通船関係、が主な内容である。
(1)については、7代謙庵の願書(年代不明)がある。内容は、4代知碩まで乗鞍・帯刀、御目見の際の名前披露扱いがなされていたが近年は帯刀町人の下座に扱われているので先祖の家格に戻して欲しいこと、祖父が売却した除地は現在課税地になっており、それを買い戻したいので元通り除地扱いにして欲しいということである。
(2)については、1602年(慶長7)の「若狭国浦々漁師船数等取調帳」がある。これは前年より始まった小浜城築城に際して作成され、のち「櫂役」の基本台帳となったものであり、若狭3郡の船数や水主、網数等が分かる貴重な資料である。このほか年不詳であるが山路勘右衛門など京極氏奉行人の連署状により、「捨て石」運搬のため遠敷・三方各郡の船が動員されていることや、大橋の板が秋田から運ばれていることなどが分かる。
(3)は小浜と和田の間を人や荷物を載せて通行する船であり、当初は桑村氏が独占していた。しかし年貢米の輸送が増えると船が不足し、31年(寛永8)には雇い船がみられる。その後、和田村の権右衛門の船や本郷村の船が出現したため、それぞれの船が増えると争論が起こり、1740年(元文5)には権右衛門船の積み荷が限定され、1802年(享和2)には2艘に増えた桑村船が1艘に戻され、09年(文化6)には桑村船と運上船各1艘以外は停止となっている。
近代文書は明治初年の生魚荷物取扱関係・上納金関係など約10点である。
否撮カードはない。
利用条件
 
県史収載
資料編9 P.124-176 40点、通史編1 P.443、通史編3 P.58・P.106・P.153・P.427・P.431・P.435・P.452・P.471・P.547・P.723、通史編4 P.259・P.379・P.730・P.924
県史以外の収載
『小浜市史』『越前若狭古文書選』『小浜・敦賀・三国湊史料』、小葉田淳「近世初期、若狭小浜の廻船業について」『海事史研究』7
複製本番号
O0860~O0865
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。