小浜市立図書館(組屋旧蔵)文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
O0086
資料群名
小浜市立図書館(組屋旧蔵)文書
地域(近世,行政村,現在)
遠敷郡小浜城下,小浜町,小浜市
資料の年代
1553年(天文22)~1875年(明治8)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
組屋は戦国時代以降、門閥的商人としての地位を固め、近世初期の小浜商人の筆頭に位置した豪商である。
豊臣家や領主の保護をうけて、廻船・貿易業者として活躍し、秀吉の朝鮮出兵に先立ち、浅野長吉の命をうけた組屋らが兵糧米や大豆を名護屋(九州)へ輸送したり、当時貴重品として珍重された「るすん壺」を諸大名らに売却したりした。また津軽で徴収した大量の豊臣氏への上納米を、南部や小浜へ回漕売却し、その代金を豊臣氏の奉行であった長吉へ納入していた。
さらに、近世においても引き続き小浜町人の筆頭に位置し、1600年(慶長5)の京極高次、34年(寛永11)の酒井忠勝など、代々藩主の初入国の際には、いずれも組屋に逗留して吉日を選んで入城することを例とした。京極家が小浜藩主となるとただちに代官に任命され、さらに小浜商人から公用(くよう)米・銭を徴収する特権が与えられた。また若狭国中の麹役座支配の免許を木下家とともに受けた。さらに京極・酒井両時代を通じて蔵米を中心とする領主物資・売捌きの仲介役として活躍した。
近代に入っても、1870年(明治3)10月まで町年寄、その後も72年3月戸長、73年1月5大区(8月から4大区)権区長を務めた(『小浜市史』下巻)。
現在は小浜市立図書館に所蔵されている。
資料群の概要
福井県史編さんに際しての調査・撮影点数は約200点であり、このうち1600年(慶長5)までの中世文書は6点で、資料編では現在原本が見あたらない8点について、京大文学部古文書室架蔵影写本、東大史料編纂所影写本から掲載している。秀吉の右筆山中橘内(山城守長俊)が、肥前名護屋の陣中から北政所の侍女あてに、秀吉の朝鮮・明国支配構想を書き送った書状はきわめて有名なものである。
近世文書の主なものは、(1)近世初期に組屋六郎左衛門が遠敷・大飯両郡の代官を命じられた際の判物・黒印状、(2)小浜町の商人からの公用米(銭)徴収に関する歴代藩主判物、受納帳、この徴収をめぐって他の商人との紛争に関する言上書・書状がある。町年寄役についてまとまった冊子・帳簿類はなく、願書類、幕末期の講銀請取通があるのみである。
また、(3)小浜でおきた諸事件、商取引、町人の日常生活に関する記録「旧記抜書」など、(4)その他、組屋家の私家文書としては、系図、組屋宗円の遺言状、藩主入国の際の先例を子細に書き留めた覚書類、小浜藩士が蔵米を前借した際の証文類、1854年(安政1)の京都大火の様子を伝える書状、当家が守札を発行していた疱瘡守略縁起などが含まれる。
近代文書は明治初期のものが13点あり、1870年(明治3)から71年にかけての日記、第四大区地価帳(1873年)、諸税受取控である上納金日記(1874、75年)などがある。
否撮カードはない。
利用条件
 
県史収載
資料編9 P.76-97 36点、通史編2 P.786 通史編3 P.98?100・P.105?107・P.150・P.544・P.547
県史以外の収載
『小浜市史』『越前若狭古文書選』『小浜・敦賀・三国湊史料』、赤見貞「組屋文書について」『蜘蛛の網』および『小浜市史紀要』1、山口徹「小浜・敦賀における近世初期豪商の存在形態」『歴史学研究』248号、渡辺信夫「南部・津軽両藩と若越海運」『日本海海運史の研究』、見瀬和雄「加賀藩小浜廻米制の成立について」『日本歴史』442など
複製本番号
O0866~O0874
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。