小野寺文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
O0049
資料群名
小野寺文書
地域(近世,行政村,現在)
遠敷郡太良庄村,国富村太良庄,小浜市太良庄
資料の年代
1367年(貞治6)~1910年(明治43)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
太良庄村は、北川下流右岸に位置し、東に野木山、北に賀羅岳、西に熊野山がそびえる。太良庄は中世においては東寺領荘園のひとつであり、江戸時代には多良庄と書かれることも多かった。村高は、「正保郷帳」で973石余、「元禄郷帳」「天保郷帳」で984石余。
日置山小野寺(おのじ)は真言宗寺院で、現在は無住。1675年(延宝3)の由緒書によれば、行基の創建した寺で、真言小野流を伝えたので小野寺と称したと伝える(「若州管内社寺由緒記」)。1254年(建長6)の「太良荘実検取帳目録案」によれば、鎌倉初期顗雲によって建立された薬師堂とならんで、免田1反を与えられている。戦国期までにこの薬師堂は小野寺に吸収されたと考えられ、小野寺は薬師如来を本尊としている。
資料群の概要
県史編さんで紙焼きを行ったものは158点であるが、当寺の所蔵資料には未整理のものも多く残されている。ほとんどが江戸時代の文書で、資料編には中世文書2点を含む3点が収載されている。その中の1367年(貞治6)の補任状は東寺政所下文の形式をとる名主補任状で、荘園文書の遺存例として注目される。1532年(享禄5)の神名帳は1725年(享保10年)の奥書のある『続群書類従』中の「若狭国神名帳」よりはるかに古く、それを補うとともに五畿七道諸国鎮座の神々の数を国ごとに列記している貴重な資料である。
近世以降の文書の多くは、土地の移動に関する証文類であり、中世の荘園太良庄に続く近世太良庄村のすがたの一端が伺える。本物返・年季売の形が多くみられること、明和から天明(1764-1788)にかけての文書が多く残されていることなどが注目される。
その他の資料は、真言宗の教義関係、当寺および山王宮関係の建物の修復用材に関する願状など。
否撮カ-ドは真言宗関係の資料など140枚。
利用条件
 
県史収載
資料編9 P.64-68 3点、通史編2 P.143・P.383、通史編3 P.638
県史以外の収載
『小浜市史』、伴信友「神社私考」『伴信友全集』2
複製本番号
O0443、O0754~O0757
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。