熊谷又兵衛家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
N0076
資料群名
熊谷又兵衛家文書
地域(近世,行政村,現在)
三方郡気山村,八村気山,若狭町気山(三方町)
資料の年代
1666年(寛文6)~1666年(寛文6)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
気山村は水月湖・菅湖の東岸に位置し、北は久々子湖に面する。小浜藩領で、村高は「正保郷帳」では960石余、「元禄郷帳」では1334石余、「天保郷帳」では1505石余。村高の増加は、1658年(万治1)の上瀬川改修や寛文年間(1661-73)の浦見川開削により新田が開発されたことによる。
熊谷家は代々又兵衛を称し、気山新田を支配した家の1つである。資料編8収載の熊谷平兵衛家(N0006)とは一族関係にある。
資料群の概要
所蔵文書は資料編収載の1点のみであるが、かつて当家から出たと思われる1667年(寛文7)3月23日付「若狭三方郡之内気山村新田検地帳」など新田の検地関係の文書が数点武生市立図書館(E0117)に架蔵されている。
熊谷家の先祖又兵衛は62年(寛文2)の地震のあと、菅湖で観音像を発見し藩に献上し、藩は宇和西の西麓慧日山の山頂に一堂を建立し像を安置した。観音堂の縁起は65年(寛文5)沙門玄光により真名本の「慧日山観音記」が著された。収載の「干潟観世音縁起」は酒井家の家臣井上貞則が副本として作った仮名本の縁起で、当家に伝えられているものである。
利用条件
 
県史収載
資料編8 P.937-939 1点
県史以外の収載
 
複製本番号
N0692
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。