上野山九十九家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
N0068
資料群名
上野山九十九家文書
地域(近世,行政村,現在)
三方郡早瀬浦,西郷村早瀬,美浜町早瀬
資料の年代
1436年(永享8)~1950年(昭和25)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
早瀬浦は久々子湖の北岸、若狭湾とを結ぶ早瀬川の両側に位置し、若狭湾に臨む。東は飯切山を境に久々子村、西は飯盛山を越えて日向浦と接する。小浜藩領で、高は「正保郷帳」で109石余、「元禄郷帳」で167石余、「天保郷帳」で174石余。
上野山家は近世に早瀬浦の立廻し等の網場の権利を有した家である。
資料群の概要
所蔵資料は約150点で、(1)近代資料、(2)中・近世資料、(3)絵図に分類される。
(1)は県や役所からの通達・免許状、漁業組合規約、願書などの漁業関係文書である。
(2)のうち11点が資料編に収載されており、うち2点が中世文書である。1436年(永享8)の文書は、早瀬・久々子両浦の網場争論に対し、領主の京都天竜寺が裁許を伝えた下知状であるが、98年(明応7)の文書によると、戦国期に入ってからの網場争論に対しては天竜寺ではなく守護武田氏が裁許を下しており、浦に対する支配のあり方を捉えるうえで注目される。近世文書は網場や山境に関するものである。1745年(延享2)の文書によると、早瀬浦所有の竈ケ崎の大網場を南条郡甲楽城浦の漁師が請け負い、その立場について日向浦と争論が起こっており、それの裁許状が資料編収載の早瀬区有文書中にある。
(3)は近世から明治期にかけての早瀬浦や日向浦の漁場・網場・大網の絵図で、およそ30点ある。
否撮資料は明治期の漁業関係資料など4点。
利用条件
 
県史収載
資料編8 P.461-474 11点、通史編2 P.413・560・574・691・785、通史編3 P.454・461、通史編4 P.246・248、通史編5 P.521
県史以外の収載
『若狭漁村史料』
複製本番号
N0592~N0596
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。