江村伊平治家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
N0021
資料群名
江村伊平治家文書
地域(近世,行政村,現在)
三方郡向笠村,八村向笠,若狭町向笠(三方町)
資料の年代
1351年(観応2)~1953年(昭和28)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
向笠村は三方湖の南、高瀬川流域に位置する。小浜藩領で、村高は「正保郷帳」で1098石余、「元禄郷帳」で1166石余、「天保郷帳」で1192石余。
江村家は中世から近世を通して猿楽の活動で知られる。「気山大夫」と称していることから気山付近を本貫としていたと推測され、近世には向笠村に居住している。
資料群の概要
所蔵文書は資料編収載の13点を含む77点で、ほとんどが芸能関係の資料である。
南北朝から室町期にかけての「気山大夫」の活動を伝える文書によると、大夫は諸社の祭礼の際に能を舞う権利である楽頭職を有し、給分を宛てられ活動が保護されていた。1351年(観応2)の文書は楽頭米の給付を代官が保証する宛行状で、若狭における猿楽の初出資料でもある。戦国期に入ると気山座は楽頭職獲得の競争に敗れたり楽頭職を奪われたりしており、1519年(永正14)の文書では楽頭職を倉座に売り渡しており、近世以降は倉座が勢力を伸ばしている。1859年(安政6)の文書では座の経営が苦しく、破座を防ぐべく酒井氏の扶持を願っている。そのような状況下でも、67年(慶応3)の文書によると子息を京都の板倉家に芸道修行に送り出しており、伝統を守ろうとする強い意気込みが感じられる。芸能関係では他に能面の由来を記したものや猿楽の台本などがある。
他の資料は売券、水帳などである。
否撮カードは山王人数・金子借用状の2点。
利用条件
 
県史収載
資料編8 P.767-774 13点、通史編2 P.703・1037・1038
県史以外の収載
林屋辰三郎「中世芸能座の成立」『中世芸能史の研究』、後藤淑「若狭猿楽考」『中世的芸能の展開』・『能楽の起源』、『三方郡誌』『越前若狭古文書選』
複製本番号
N0307~N0308
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。