千田九良助家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
N0008
資料群名
千田九良助家文書
地域(近世,行政村,現在)
三方郡三方村,八村鳥浜,若狭町鳥浜(三方町)
資料の年代
1583年(天正11)~1949年(昭和24)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
鳥浜は高瀬川が鰣川(はすかわ)に合流し、三方湖(上湖)に注ぐあたりに位置する。年貢免状によれば、寛永期(1624-44年)には三方村に含まれ、1646年(正保3)には「鳥浜村」として一村扱いに、85年(貞享2)以降は「三方村之内鳥浜」と記されている。正保年間から鳥浜村庄屋が置かれているが、正式な分村は明治以降。江戸時代を通じて小浜藩領である。
千田家は代々九良助(輔・介)を名乗り、庄屋を務め、また魚問屋を営んだ。
資料群の概要
当家の中世文書は「馬役之覚」として1583年(天正11)以降1772年(明和9)までの記録1点のみである。近世文書は(1)貢租、(2)漁業、(3)戸口、(4)輸送、(5)その他、に大別される。
(1)では1642年(寛永19)から明治初年までの年貢免状がほぼ揃っているほか、本田、新田、出作の年貢割付帳も1822年(文政5)以降明治初年まで多数残されている。
(2)では三方湖の漁業権及び食用の菱取り、肥料用の藻草取りをめぐる隣村海山村との争論がある。漁業権に関しては1623年(元和9)頃から争論が始まり、一村占有を願う鳥浜と湖面参入を目指す海山村が漁場・漁法(ウナギ漁に関する竹筒漁)などに関して争っており、明治期まで争論が継続している。
(3)は宗門改帳や1871年(明治4)の戸籍がある。これは67年(慶応3)、72年のものと比較すると家族の人名が全く異なっている点が注目される。
(4)は油桐や鯖などの送り状のほか、鳥浜を通さず小浜などに荷物を運送することを禁じた京極氏家老の書状、連署状、漁業の合間に四十物(あいもの)運送許可を願う早瀬浦・日向浦の願書などがある。
(5)は売券、無尽、調達金割帳、借用証文類など。
近代文書は(1)漁業、(2)農業、(3)戸長役場・郡書記関係、(4)労働問題、(5)その他、に分けられる。
(1)は江戸時代から継続している漁業権争論の他、ウナギ、鯉、鮒の養殖に関する補助金、養殖場の営繕等の書類がある。
(2)は養蚕組合規約、補助金関係書類、松平試農場研究員からの書状があり、これによると自分の知識を生かし、帰村後、村で桃などの果樹栽培を始めたいので千田家に資金援助を求めるとの内容である。
(3)は種々の通達書、予算書、郡会の議案など。
(4)には昭和初期の紡績女工に関する調査があり、労使双方からの聞き取り調査の内容によって当時の労働形態が知られる。
(5)は借用証、備忘録、無尽関係など。
否撮カードは約440点であるが、第2次調査以降撮影されたものもある。内容は売券・庭帳・金融仕法帳・船賃・駄賃関係の帳面など。
利用条件
 
県史収載
資料編8 P.949-977 22点、資料編11 P.610-614 2点、通史編3 P.346・P.434、通史編4 P.466、通史編5 P.163、P.564、P.874
県史以外の収載
『三方郡誌』『若狭漁村史料』『三方町史』
複製本番号
N0018~N0093、N0165~N0167、N0426~N0587、N0672
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。