沢本弥太夫家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
M0641
資料群名
沢本弥太夫家文書
地域(近世,行政村,現在)
敦賀郡田尻村,東郷村田尻,敦賀市田尻
資料の年代
1598年(慶長3)~1901年(明治34)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
田尻村は敦賀湾南東部に位置する。はじめ福井藩領、1624年(寛永1)小浜藩領、82年(天和2)鞠山藩領、1871年(明治3)小浜藩領。村高は「正保郷帳」「元禄郷帳」では129石余、「天保郷帳」で130石余。
沢本家は代々弥太夫を称し、田尻村の庄屋を務めた。
資料群の概要
沢本家の所蔵文書は2000点近くにのぼり、(1)田尻村の庄屋文書、(2)沢本家の私文書に分けられる。
(1)では検見・年貢取立帳など土地・年貢関係の資料が豊富な点に特徴がある。なかでも年貢免状は1634年(寛永11)から1868年(明治1)まで165通が残っている。また、一番古い1598年(慶長3)の「葉原左近衛門田尻村田畑帳」は田尻村から庄屋として葉原村に入った左近衛門の持分の田畑書上であり、同年の田尻村検地帳の書き抜きであろう。また、「田尻村諸雑公事書上」や1610年の「田尻村指出覚」からは慶長期(1596-1615)における田尻村の村高や負担した諸雑公事の内容が知られる。
その他、公儀からの触、争論などに関する資料がある。このうち村方騒動に関しては、1808年(文化5)5月に検地帳の反別を改め、年貢諸役の納米金の過不足についても問題にしないという「村中一統和談定書之事」という一札を取り替わしているが、42年(天保13)にも関係者4人の所持高の有坪と反別を記したあとに、文化5年の「定書」が再度写された記録が残っている。
(2)については売券・書状類などが残っている。
その他、明治期の租税課改正掛報告や収穫表、予算書などがある。
否撮カードはない。
利用条件
閲覧できない資料あり。
県史収載
資料編8 P.237-244 7点、通史編3 P.144・P.261・P.290、通史編4 P.615
県史以外の収載
『敦賀市史』
複製本番号
M0439~M0490、M1833~M1857
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。