轟まつゑ家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
L0013
資料群名
轟まつゑ家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡箱ケ瀬村,上穴間村面谷村,大野市面谷(和泉村)
資料の年代
1754年(宝暦4)~1923年(大正12)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
面谷村は九頭竜川の支流面谷川中流域に位置し、面谷銅山の開山によって、箱ケ瀬村の枝村である持穴村の地内に成立した鉱山集落。はじめ福井藩領、1624年(寛永1)以降は大野藩領。1795年(寛政7)の家数52(金名子7、水役45)、人数328人。面谷銅山については、面谷会文書参照。
轟家は喜平次を名乗り、面谷村の村役人を務めた。現在は岐阜市に住んでいる。
資料群の概要
当家の資料は、面谷村の人別帳や村入用割帳のほかは、面谷銅山に関するものである。
銅山関係資料には、金名子順番宿帳や運上金書上のほか鉱道絵図がある。明治期の資料には、地価帳や鉱山借区関係、地所譲状などがある。1922年(大正11)の銅山の閉山にともなう面谷信用購買販売組合の解散資料がある。
否撮資料は、明治期の銅山関係資料である。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.1003-1011 2点、通史編4 P.110
県史以外の収載
 
複製本番号
L0055~L0057
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。