内倉甚右衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
K0021
資料群名
内倉甚右衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡中手村,上味見村中手,福井市中手町(美山町)
資料の年代
1682年(天和2)~1923年(大正12)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
中手村は足羽川の支流上味見川の右岸に位置する。上味見十か村の1つで、北東は南野津又村を経て丁(ようろ)坂を越え、大野城下に至る。
村高は372石余、はじめ福井藩領で、1624年(寛永1)より大野藩領となった。1823年(文政6)の家数77、人数381。
当家は代々甚右衛門を名乗り、庄屋等の村役人を務めた。
資料群の概要
当家の近世文書は(1)土地関係、(2)貢租関係、(3)村方一般、の庄屋文書と、(4)家関係、(5)その他に大別される。
(1)は高付帳や替地の際の縄入帳、柴刈りの村割帳、検見に関するものなどである。
(2)には年貢免定13点(1729年(享保14)-1837年(天保8))、庭帳6点(1801年(享和1)-1866年(慶応2))があり、当家は村総高の5分の1弱に当たる70石前後を保有していることが分かる。
(3)には県史収載の「味見谷十か村郷盛記」があり、郷割の規定等が詳細に記されているほか、幕府や藩の触書等がある。
(4)では当家が営業していた氷豆腐をはじめ、漆掻・石灰焼などの産業に関するもの、大福勘定帳や手間人足帳、140点以上にのぼる売券類がある。
(5)には水戸天狗党の武田耕雲斎の通行に関するものや、飢饉に備え、粟・稗等を貯蔵するため大野藩が各村に設置させた「御救助蔵」に関するものがみられる。
明治以降は中手村の戸長文書が中心で、小学校関係、護法一揆関係、物産品や地租改正の土地調査関係など多岐にわたっている。なお、戸長として「大笞操」と記名した簿冊が多数あるが、この人物と当家との関係は不明。
否撮資料は約150点で、そのうち近世資料は祝儀帳や法事・葬儀などの香典帳、小作覚帳や売券など約80点。近代資料は学校、神社関係、戸籍など戸長関係の文書が約70点ある。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.868-886 4点、通史編3 P.286・P.323
県史以外の収載
『美山町史』
複製本番号
K0116~K0145
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。