笠松宗右衛門家文書

目録種別
古文書(資料群)
資料群番号
K0020
資料群名
笠松宗右衛門家文書
地域(近世,行政村,現在)
大野郡大宮村,羽生村大宮,福井市大宮町(美山町)
資料の年代
1598年(慶長3)~1948年(昭和23)
資料目録件数
 
組織歴および履歴
大宮村は、足羽川の支流羽生川の中流域、美濃街道沿いに位置する。村高は354石余ではじめ福井藩領、1624年(寛永1)以降大野藩領であった。1851年(嘉永4)の人口463人、高持89、水役12であった。
笠松家は、代々宗右衛門(惣右衛門)、惣次郎(惣治郎、宗次郎)を名乗り、大野藩の郷組頭・大庄屋等を務めるとともに、大野藩主の大宮宿の本陣・問屋も務めた。
1874年(明治7)敦賀県第18大区3小区副戸長。92年から羽生村郵便局長。
資料群の概要
文書群は、おおむね(1)大宮村文書、(2)大野藩郷組頭文書、(3)問屋文書、(4)私家文書からなっている。
(1)は、太閤検地帳以外では宝永期から享保期にかけての免定26点、願書類が多い。
(2)では元禄期末以降の羽生用水普請の見分帳、「御家中高藁縄割留」、用水争論・山論など済口証文などがある。1823年(文政6)には大庄屋を務め「郷中家数人別仕出帳」が残されている。
なお、1809年(文化6)8月に大野藩主土井利義の隠居に反対して領民たちが一揆を起こしたが、これに関連して、同年9月に家中諸士以上に読み聞かせられた「土井利義直筆」の写しと、騒動時の宗次郎の対応への褒状の2点が残されている。この一揆については、諸家の調査でも関連の記録がほどんどなく、用留類もその前後で綴じ方が錯綜するなど、この一揆の資料が故意に廃棄されたことが考えられるため、貴重な資料である。
(3)には、1767年(明和4)に前波川越えの賃銭の大久保宿と東郷宿との取り分を定めた荷物駄賃銭定、翌年の幕府領普請方役人・代官通行の際の人馬賃銭についての大宮・大久保村願書とその裁許、1819年(文政2)福井の塩問屋と計石・大宮・大久保3か村との塩馬鑑札についての一札などが含まれる。
(4)近世の私家文書としては、明治10年代に薬師村の一部となる絵戸村の惣借証文ほか借用証文が多い。
近代では、1884年(明治17)から89年にかけての大宮村ほか10か村予算書・決議書、明治20年代の大宮郵便局関連の簿冊、さらに日露戦争時とその後の植民地駐留を含む軍事郵便(一部日清戦争を含む)約390通が撮影されている。これについては、大江志乃夫『兵士たちの日露戦争』参照。
否撮資料は、近世資料では小作おろし帳、米銀受取帳、頼母子覚、万日記覚帳、火事見舞覚帳など長帳・冊子類約30冊、借用証文約80点である。
近代の否撮資料は約300点で、主なものは太政官布告、県布達10冊、書留郵便物到着帳、・配達帳、通常郵便物引受帳、郵便物数報告表など郵便局関係簿冊約100冊、軍事郵便以外の書簡約140点である。
調査記録ではこれ以外に近世の教科書・辞書などの古典籍約30冊、明治32年から34年ころの英語の学習雑誌を所蔵している。
利用条件
 
県史収載
資料編7 P.887-897 7点、通史編4 P.588
県史以外の収載
大江志乃夫『兵士たちの日露戦争-五〇〇通の軍事郵便から』
複製本番号
K0094~K0105、K0286~K0323
備考
 
利用上の注記(原本閲覧)
原本の閲覧はできません。
利用上の注記(二次利用)
文書館に事前にお問い合わせください。